仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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弥勒寺(三重)・平安期の仏像群

三重県名張市にある弥勒寺は、平安期の仏像が多数伝えられていることで有名なお寺です。

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お寺の近くまではバスも出ていますが、ちょうど良い時間の便がなかった為、往路は徒歩で行くことにしました。

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長閑な田園風景を眺めながら歩くこと約40分。
五色の垂幕に彩られた、立派なお堂が見えてきました。

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お堂の中央にいらっしゃったのは、本尊のお薬師様です。

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像高143cm、平安後期の作。
いかにも藤原仏らしい、穏やかで優美な表情をなさっています。

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その脇には役行者、天部、観音など、様々な仏像がずらりと安置されていました。
いずれも平安後期から鎌倉期頃の作と推定されている古仏です。

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個人的に一番印象的だったのは、こちらの十一面観音立像。
像高174cm、平安後期の作。
体の所々に色が残っており、かつては全身に彩色が施されていたことがわかります。
両腕に垂れる天衣がとても軽やかで、うっとりと見惚れてしまいました。

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その向かい側に安置されているのが、こちらの聖観音立像です。
像高180cm、平安後期の作。
十一面観音立像と衣の表現などが似ているため、同じ流れを組む仏師の作なのかもしれません。

弥勒寺は平安期に創建されたと伝わる古刹で、かつては七堂伽藍を有する大寺でしたが、堂宇の多くは時の流れとともに荒廃してしまいました。
現在、これらの仏像群は昭和54年に改築されたお堂に安置されていますが、いずれも非常に立派な仏像であるため、元々はそれぞれ別のお堂で祀られていたのかもしれません。

2017.1.6
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安産寺(奈良)・平安期の地蔵菩薩

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奈良県と三重県との県境に位置する山間の地、宇陀市の三本松という集落に、かの有名な室生寺伝来とされる平安仏が守り伝えられています。

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近鉄大阪線の三本松駅から徒歩で10分ほど行くと、石垣の上に小さなお堂が見えてきました。
かねてからずっと拝観したいと思い続けていた仏像なので、期待で胸が高鳴ります。

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安産寺のご本尊は、子安地蔵と呼ばれる地蔵菩薩立像です。

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(※パンフレットより)

像高177.5cm、カヤの一木造。
造像年代は平安初期、九世紀頃と推定されています。
特に印象的だったのは美しい衣で、翻波の襞が流麗に刻まれ、ふっくらした肌を軽やかに覆っています。
室生寺・釈迦如来像との類似点が指摘されているため、宇田川上流に位置する室生寺金堂から近世になって移された可能性が高いと考えられているそうです。

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(※パンフレットより)

参拝の際、地元のケーブルテレビ局が作成した村祭りの映像を見せていただきました。
そこで踊られていたのが子安地蔵音頭。
なんと地元の方によって作詞されたそうです。
お地蔵さまを大切に守ってきた集落の方々の気持ちが伝わってきますよね。

2017.1.6

北町観音堂(東京)・商店街の観音堂

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先日、練馬へ行く機会があったので、東武練馬駅の近くにある北町観音堂を参拝してきました。

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駅の改札を抜け、繁華街を歩いていくこと約5分。
年末の買い物で賑わう商店街の一画に小さなお堂が見えてきました。

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仁王門にいらっしゃったのは、個性的な石の仁王様たちです。
阿形像の像高は115cm、吽形像は像高118cmで、1683年に造像された銘が残っており、練馬区の文化財に指定されています。

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仁王門をくぐった奥にある観音堂には、本尊の聖観音様が安置されていました。

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観音様は台座まで含めた高さが270cmもあり、これは練馬区の石仏では最大なのだとか。
1682年に造像され、区の文化財に指定されています。

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小さなお堂ながらも綺麗に整備され、今も地元の方たちによって大切に守られているということがよくわかります。
訪れたのは夕方だっため、通り沿いは多くの買い物客で賑わっており、あたりを行き交う人々の声が響いていました。

2016.12.29

大円寺(青森)・丈六の阿弥陀如来

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東北旅行の最後に参拝したのは、大鰐町の大円寺です。

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鮮やかな朱塗りの仁王門には、個性的な仁王様たちがいらっしゃいました。
生き生きした表情をなさっていますね。

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寺伝によると大円寺の創建は奈良時代に遡り、聖武天皇の国分寺建立に際し、大日如来を阿闍羅山の大安国寺に安置したことに始まります。
やがてその大安国寺は荒廃してしまい、鎌倉時代に本尊は高伯寺へと移されました。
ところが明治期に神仏分離令が発布されたため、弘前市から現在地にお寺が移転し、寺名も大円寺となったそうです。

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そしてこちらのお寺で特に有名なのが、地元の人々から「大日様」と呼ばれるご本尊。
国の重要文化財の指定を受けている彫刻は、この尊像を含めて青森県では二体のみで、名実ともに青森県屈指の優れた仏像として知られています。
面白いのは、この大日様は阿弥陀の上品上生の印を結んでいらっしゃるということ。
文化財の指定も阿弥陀如来坐像として登録されています。

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いわゆる定朝様の丈六阿弥陀の流れをくんでいますが、面相は写実的で、男性的な力強さがあることから、造像は鎌倉初期と推定されています。
一般的な寄木造はヒノキ材を用いていますが、この尊像はヒバ材を使用しているため、平泉近辺に来ていた都の仏師が大鰐の木材を用いて彫った可能性が高いそうです。
都の文化と東北の自然が融合して出来た、とても貴重な仏様ですね。

2016.10.9
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長勝寺(青森)・神仏習合の三尊仏

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弘前市にある長勝寺は、弘前城を築城した津軽家最初の菩提寺で、重要文化財の本堂をはじめ、数多くの文化財が伝えられていることで知られています。

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津軽家の祖・大浦光信の死後、その子である盛信が亡き父のため享禄元年(1528年)にお寺を創建し、弘前藩二代目藩主となった津軽信枚が弘前城の築城とともに現在の地へ移転しました。

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本堂の向かいには小さなお堂があり、県の文化財に指定されている三尊仏及びその厨子堂が安置されています。

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堂内の中央には極彩色に塗られた厨子が置かれ、その両脇を羅漢像が囲んでいました。

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三尊仏は、岩木山三所大権現の本地仏として祀られたもので、中央峰岩木山=阿弥陀如来、東峰巌鬼山=十一面観音、西峰鳥海山=薬師如来を現しているそうです。
現在は岩木山神社拝殿となっている百沢寺大堂の本尊でしたが、明治期の神仏分離により、長勝寺の禅堂へと移されました。

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三尊の素晴らしさはもちろんですが、両脇に並ぶ五百羅漢像も見応えがあります。

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「はーい!」
写真中央に写っている羅漢さんだけ何故か手を挙げていました。
なんだか授業中みたいですね(笑)

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参拝の後は、少し離れた場所にある弘前城へ。
長勝寺を創建した津軽家の城で、国の重要文化財に指定されており、城下町・弘前のシンボルでもあります。

2016.10.9

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