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仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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ちー

Author:ちー
読書と音楽、そして仏像をこよなく愛しています。

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釋蔵寺(千葉)・丈六の釈迦如来 2022-07-03-Sun

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先日、房総半島の仏像を調べていたところ、木更津市に丈六の釈迦如来坐像が伝えられていることを偶然知りました。
ネットの情報では非公開となっていましたが、大きな像なのでシルエットだけでも確認できるかもしれないと期待を抱き、ひとまず現地まで行ってみることに。

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仏像が安置されているという釋蔵寺は、木更津駅から車で15分ほどの田園地帯の中にあります。ドキドキしながらお堂へ近寄ってみると…

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ガラス越しではありますが、堂々としたお釈迦さまが中央にいらっしゃるのがわかりました。

無題
(⇒木更津市HPより)

像高244cmで寄木造。説明によると、造像当初のものと考えられる頭部前面から胸部に使用されたカヤ材などから、鎌倉時代初期の作と推定されているそうです。張りのある、やや四角いお顔に、凛とした眼差しをなさっています。
後補が多いとはいえ、木更津に鎌倉時代の丈六仏があることを全く知らなかったので、実際に拝観できた時はとても感動しました。もともとこのあたりに安置されていたのか、別の場所から請来されたのか、詳しいことはわかりませんでしたが、相当な有力者が造像に関わったことは間違いありません。

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せっかく来たので、釋蔵寺から車で数分ところにある須賀神社にもお参りしました。

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須賀神社は平安時代に、京都の八坂神社から祭神を勧請したと伝えられる古社です。写真に写っているのは覆屋で、中に江戸時代に建立された三間社流造の本殿が建っています。

無題
(⇒木更津市HPより)

本殿には精緻な彫刻が施され、江戸期の貴重な社殿建築として、千葉県の文化財指定を受けていまが、残念ながら外側からは全く内部を確認することはできませんでした。

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光明寺(神奈川)・丈六の地蔵菩薩 2022-06-24-Fri

横浜市の住宅街の一画に、丈六の地蔵菩薩坐像が安置されていると聞き、散策がてら出かけてきました。

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京急の黄金町駅からしばらく大通り沿いを進み、細い道へ入っていくと…

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そこから先は急こう配の坂道が続いていました。横浜は埋め立て地の多い湾岸部を少し離れると、このような急坂があちこちに沢山あります。

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やっとの思いで坂を上り切ると、光明寺の寺門が建っていました。

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光明寺は明治11年(1878年)に創建された浄土宗のお寺です。本尊は阿弥陀如来立像で、増上寺の花岳院から請来された尊像ですが、通常は拝観できません。

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境内の片隅に小さなお堂があり、中に見事なお地蔵様がいらっしゃいました。

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なんと像高は220cm、神奈川県で最大級の地蔵菩薩像なのだとか。
なぜこんな住宅街に。
不思議に思ったところ、元々は秩父の山中の街道沿いに安置されていたのが、光明寺と縁のあるお寺の要請により、こちらへ移されることとなったそうです。

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横浜にこれほど立派な丈六の仏像が安置されており、しかも常時拝観できるというのは、本当に驚きです。比較的近所に住んでいても、知らない人が多いのではないでしょうか。

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帰路は坂道を下り、関内駅方面へ歩いていくことに。

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大岡川沿いには飲み屋が並び、その奥にランドマークタワーがそびえていました(※写真左端)。活気ある繁華街とみなとみらいのビル群。個人的には、最も横浜らしいと感じる風景のひとつです。

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橋を渡ってさらに進むと、イセザキモールが見えてきました。関内駅から黄金町駅近くまで続く、横浜屈指の商店街です。夕暮れ時、イルミネーションで飾られた通りは多くの人々で賑わっていました。

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浄泉寺の大ソテツ(愛知)・東海道を歩く【御油~赤坂】 2022-06-18-Sat

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御油宿と赤坂宿の間は、東海道で最も宿場間の距離が短く、徒歩で30分かかりません。もともとは一つの大きな宿場であったのが、五街道整備の際、二つの宿場へと分けられたそうです。

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松並木を抜けると、そこからは住宅の間を歩いていきます。

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途中、見事な大木が生えている神社がありました。

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隣に建つお堂と比べると、その大きさをおわかりいただけるのではないでしょうか。関川神社の楠で、樹齢は約800年と推定されています。

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こちらが赤坂宿本陣跡。

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赤坂宿周辺で最も目を引くのが大橋屋です。なんと21世紀まで営業していた東海道唯一の旅籠なのだとか。現在は市の所有となり、一般に公開されています。

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すぐ近くにある浄泉寺には、その大橋屋から移された大ソテツが今も生えています。

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沢山の葉を茂らせた、見事な大ソテツです。間違いなく樹齢数百年はあるでしょう。歌川広重「東海道五十三次 旅舎招婦ノ図」に描かれているのは、この大ソテツだとも言われています。

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御油の追分(愛知)・東海道を歩く【吉田~御油】 2022-06-11-Sat

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下地一里塚を通過。

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ここは御油の追分と呼ばれる、東海道と姫街道の分岐点です。姫街道とは、浜名湖の北側を経由して見附宿と御油宿を結ぶ街道のことで、江戸時代には東海道に付属していました。女性の往来が多いことから姫街道と呼ばれていたそうです。

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小川を渡ってしばらく進むと、古い日本家屋がいくつか見えてきました。

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こちらは御油宿の高札場跡。現在は広場になっています。

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そして御油宿で最も有名なのが、御油の松並木。御油宿と次の赤坂宿までの間に続いており、現存する数少ない東海道の松並木としての価値が評価され、国の天然記念物に指定されています。

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豊川を渡る(愛知)・東海道を歩く【二川~吉田】 2022-06-04-Sat

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豊橋市街地に着く頃には暗くなっていたため、この日は駅周辺で宿泊することに。東海道新幹線の停車駅だけあり、豊橋駅周辺は商業施設が建ち並ぶ繁華街でした。

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翌朝、宿泊したホテルを出発し、吉田宿本陣跡へ。

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街道沿いには商店や会社が建っており、宿場町の面影はほとんど無くなっていました。吉田宿は東海道が設定された当初からの宿場であっただけでなく、吉田藩の城下町としても栄えたそうです。

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吉田宿のある豊橋市は東三河地方の中心都市で、県の行政機関などが多く置かれています。

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市街地を抜けると、一級河川の豊川が見えてきました。吉田宿は豊川水運の湊町でもあり、現在の豊橋という地名は、この豊川にかけられていた吉田大橋という橋に由来しているそうです。

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