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仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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ちー

Author:ちー
読書と音楽、そして仏像をこよなく愛しています。

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大将軍八神社(京都)・平安期の神像群 2020-08-01-Sat

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長楽寺を参拝した後は、JR嵯峨野線で円町駅へ。

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そこから歩いて20分ほどのところにある、大将軍八神社を参拝しました。

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大将軍八神社は創建を平安京遷都まで遡る古社で、陰陽道に依り、御所の北西の方角を守護するために造立されたそうです。もともとの祭神は星神大将軍の一神でしたが、 明治時代に発布された神仏分離令の際、 御子八神と暦神の八神を合祀するようになり、社名も現在の大将軍八神社へと改名されました。

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そしてこちらの神社で特に有名なのが、立体星曼荼羅と呼ばれる神像群です。

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(⇒そうだ京都、行こうHPより)

宝物館は二階建で、一階には八十体にも及ぶ神像群がずらりと安置されていました。いずれも平安中期から平安末期に造像されたと推定されており、国の重要文化財に指定されています。
これだけ多くの神像を一度に拝するのは初めてで、その迫力に鳥肌が立ちました。中央には大将軍神が鎮座し、その前には烏帽子を被った七体の男神像が並んでいます。大将軍神は右手に刀を持ち、右の人差し指と中指とで、ピースサインに似た不思議な印を結んでいました。
神像群のほとんどは、 武装像と束帯像の2グループに大別されますが、一体だけ童子像があったのが印象的でした。何か特別な意味があるのでしょうか。
現在、大将軍八神社の境内は、住宅街に囲まれた比較的小さなものですが、これだけの神像群が伝えられているということは、かつての社領は相当大規模なものであったに違いありません。

2019.6.8

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長楽寺(京都)・准胝観音御開帳 2020-07-25-Sat

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京都市東山区の祇園周辺は、おそらく京都の中でも最も観光客が多いエリアではないでしょうか。有名な八坂神社を中心に、たくさんの飲食店やお土産屋が建ち並び、日本有数の歓楽街となっています。

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その八坂神社のある円山公園を抜けていくと、一気に観光客は減り、がらりと雰囲気が変わりました。

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長楽寺は円山公園の東南方に位置する時宗の古刹で、かつての境内は円山公園の大部分を含む、広大なものだったそうです。創建は平安期まで遡り、当初は比叡山延暦寺の別院として建てられましたが、室町期に入り、時宗のお寺へと改宗されました。
ご本尊は准胝観音、天皇即位の年にだけ特別に開帳されるという秘仏です。

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山門を通り、急こう配の階段を登っていくと、本堂が見えてきました。お堂の前には回向柱が建てられ、結縁の紐が厨子へと伸びています。
ご本尊までは少し距離があり、詳細はわかりませんでしたが、像高はおそらく20~30cm前後くらいでしょうか。体躯はほっそりとして、全身が金色に輝いています。残念ながら正確な造像年代はわかりませんでした。

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特に印象的だったのは本堂横の宝物館で、中には時宗の高僧像が何体か安置されていました。いずれも室町期に作られており、国の重要文化財に指定されています。
高僧像は禅宗のお寺でよく見かけますが、時宗のお寺でこれだけの数の尊像が並んでいるのは、全国的にもかなり珍しいのではないかと思います。

2019.6.8

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九品寺(奈良)・千体石仏 2020-07-23-Thu

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関西旅行一日目、最後に御所市の九品寺を参拝しました。

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九品寺は奈良時代に行基が創建したと伝えられる古刹です。本尊の阿弥陀如来坐像は重要文化財に指定されていますが、通常は公開されていません。

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こちらのお寺で特に有名なのが、千体石仏と呼ばれる石仏群。お堂の脇から続く細い道を進んでいくと…

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道沿いにずらりとお地蔵様が並んでいました。皆様、お揃いの胸あてをなさっていて、とても可愛らしいです。

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一つの石に二体彫られている像には、ちゃんと二つ胸あてが作られていました。作った人の優しさが感じられますね。

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色鮮やかなツツジが咲き誇る坂道を登っていきます。

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どーーーん!!!
登った先には、夥しい数のお地蔵様たちが並んでいました。

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とにかく感動的なのが、一体一体、ちゃんと胸あてが付けられるということ。どれだけ多くの時間と手間がかかったことでしょう。

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石仏の間に続く階段を登っていくと、一番奥には、ひときわ大きなお地蔵様が立っていらっしゃいました。

2019.6.7

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置恩寺(奈良)・平安期の十一面観音 2020-07-18-Sat

生駒市から車で南下し、葛城市へ。
カーナビでは約1時間の予測でしたが、かなり渋滞しており、なかなか前へ進みません。結局、二時間弱かかり、やっと寺口という集落に辿り着きました。

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坂を上るにつれ道が狭くなり不安になっていると、市が管理している駐車場を偶然見つけたため、そこに駐車して目的地まで歩くことに。

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駐車場から10分ほど歩いたところでしょうか。置恩寺の境内が見えてきました。
置恩寺の歴史は奈良時代まで遡り、当地の有力者であった置始氏が創建したと伝えられています。往時は沢山の堂宇を有する、相当な大寺であったようです。

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このお寺には美しい十一面観音様が安置されており、事前にお願いをして拝観させていただきました。
像高172cm、榧の一木造。平安中期の作と推定されています。

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お顔立ちは端正で、なめらかな肌の質感が伝わってくるようです。わずかに腰をひねった体躯はすらりとして、非常にバランス良く見えます。

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境内の片隅に、室町期の石灯籠がありました。高さ240cmもあり、1502年に布施行国が寄進したことが記されているそうです。この布施氏は、置恩寺を創建した置始氏の子孫であったとされています。

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参拝を終え、駐車場に向かって歩いていると、寺口の集落が一望できました。

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長弓寺(奈良)・平安期の十一面観音 2020-07-11-Sat

尊延寺を参拝した後は奈良県へ戻り、生駒市の長弓寺へ。

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社伝によると長弓寺は、当地の豪族であった小野真弓長弓の菩提を弔うため、聖武天皇の命によって創建されました。

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このお寺で特に有名なのがこちらの本堂。弘安2年(1279年)に建立され、鎌倉期の貴重な建築物として、国宝に指定されています。檜皮葺を用いた入母屋造で、和様を基本としながらも、細部には大仏様を採り入れているそうです。

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そしてこの本堂には、平安期の十一面観音立像が安置されています。

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(⇒生駒市HPより)

像高116.2cm、檜の一木造。
堂内には電灯がないため、蝋燭の光での拝観となりました。薄暗い厨子のなか、ほのかな光に照らされた観音様が浮かび上がって見えます。尊像まで若干距離がありましたが、立ち姿の美しさははっきりとわかりました。

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(⇒生駒市HPより)

2019.6.7

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