仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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三岳寺(佐賀)・三体の鎌倉仏

唐津市からレンタカーで40分ほど南下し、小城市の三岳寺へ。

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鎌倉期に大智和尚が創建したと伝わる古刹で、かつては三津寺と称していましたが、戦国大名・鍋島氏によって医王山三岳寺と改名され、現在に至っています。

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こちらのお寺には鎌倉後期の仏像が伝えられているため、事前にお願いをして拝観させていただきました。

IMGP6577.jpg 薬師如来坐像

IMGP6619.jpg 大日如来坐像

IMGP6647.jpg 十一面観音坐像

三体ともに楠の寄木造で、目には玉眼がはめ込まれています。
いずれの仏様も、かつては全身が金色に輝いていたことでしょう。
三尊は構造や彫口がよく似ていることから、同じ仏師によって造像されたと考えられているようです。

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特に印象的だったのは、大日如来坐像に彫り込まれた、独特な衣文の表現でした。
衣の端が盛り上がり、うねうねと複雑な波模様を描いています。
記憶にある限りでは、このような衣文をこれまでに見たことがありません。
この近辺で活躍した仏師の作なのでしょうか。
だとしたら、これほど大きくて優れた像容の仏像を三体も造った力量は相当なものです。
あれこれ想像してみると興味は尽きませんでした。

2017.2.4
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立石観音(佐賀)・藤原期の磨崖仏

鵜殿石仏を拝観した後は、同じ唐津市にある立石観音へ向かいました。
ところがカーナビが指し示す近くまでは辿り着いたものの、どうしても場所がわかりません。

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何度も車で行ったり来たりを繰り返し、やっとのことで入口を見つけて一安心。
そこからは歩いて石仏まで向かいました。

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竹林に囲まれた細い道を抜けると、少し場所が開け、そこに磨崖仏が彫られていました。

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写真の手前から薬師如来、阿弥陀如来、観世音菩薩。
いずれも藤原期頃の作と考えられており、この前に拝観した鵜殿石仏群よりも時代はずっと遡ります。
比較的良い状態で残されているのは、少し窪んだ岸壁に彫られているため、風雨を避けやすかったのかもしれません。

IMGP6524.jpg 薬師如来

IMGP6519.jpg 阿弥陀如来

IMGP6502.jpg 観世音菩薩

看板の説明によると、阿弥陀如来像と観世音菩薩像は同時期の作、薬師如来像はそれより少し後の時代の作と考えられているそうです。

2017.2.3

鵜殿石仏(佐賀)・岸壁の石仏群

九州旅行二日目は、まず最初に唐津市の鵜殿石仏へ。

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鵜殿石仏は現在、唐津市の「相知天徳の丘運動公園」内に位置しています。

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体育館そばの入口から5~6分歩いたところで、青い屋根の建物が見えてきました。

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中に入ってビックリ!
岸壁に毘沙門天、不動明王、如来像など、様々な仏像がびっしりと彫られていました。

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磨崖仏は単なる線刻ではなく、岩を深く削って造られており、横から見ると非常に厚みがあることがよくわかります。
ここには14世紀頃から19世紀頃にかけて彫られた、約60体もの磨崖仏があるそうです。

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一体誰が、何故このような仏像を彫ったのか。
はっきりしたことはわかっていないようですが、ここが仏教修行場として栄えた背景には、周辺の有力者であった相知一族の保護があったと考えられています。

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青い屋根のある仏像群の向かい側には、岸壁が少し窪んだ場所があり、洞穴のようになっていました。
もしかしたらここで加持祈祷や修行が行われていたのかもしれません。

IMGP6356.jpg 不動明王

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IMGP6379.jpg 如来像

岸壁や巨石のいたるところに、大小様々な仏像が彫られ、今もお供え物が置かれていました。
おそらくかつては像に彩色が施され、とても煌びやかな光景だったことでしょう。

2017.2.3


唐人屋敷跡(長崎)・長崎ランタンフェスティバル

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九州旅行第一日目、最後は長崎中華街へ。
江戸時代に鎖国令が発布されて以降、長崎では中国との貿易が独占的に行われていましたが、やがて幕府は唐人屋敷を建設して、そこに唐人達を住まわせるようになりました。
それらの建物は大火などで焼失してしまい、現在は四堂のみが修復改築されて残されています。

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訪れた日はちょうど長崎ランタンフェスティバルの開催中ということもあり、あちこちにランタンが飾られていました。
せっかくなので喫茶店でお茶を飲みながら夜まで待つことに。

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あたりが暗くなるとランタンが一斉に点灯され、街は暖かいオレンジ色の光に包まれました。

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少し開けた場所には、様々な趣向を凝らした人形が飾られています。

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こちらはメイン会場。
煌びやかな人形に囲まれながら、沢山の人が歌や踊りのイベントを楽しんでいました。

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手前は七福神の皆様、右端に写っているのは西遊記の登場人物たちでしょうか。
場所が中華街だけあって、中国にちなんだ人形が多いようです。

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夜が深まるほどに、ランタンは輝きと美しさをより一層増していきました。

2017.2.3

崇福寺(長崎)・国宝建築の唐寺

興福寺を参拝した後、そこから徒歩で10分ほどのところにある崇福寺へと向かいました。

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こちらは第一峰門で、国宝に指定されています。
長崎市には国宝が三つありますが、そのうちの二つがこの崇福寺の建物です。
崇福寺は興福寺、福済寺とともに長崎三福寺に数えられる古刹で、福建省出身の華僑たちが福州から招聘した僧・超然によって寛永6年(1629) に創建されました。
そのため福州寺とも呼ばれています。

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本堂の大雄宝殿です。
中国で切組みした部品を唐船で運び込み、正保3年(1646)に長崎で建てられました。
当初は単層の建物でしたが、延宝天和の頃に上層を加えて現在の姿となったそうです。
下層部が中国建築様式であるのに対し、上層部は和様を基調としており、大陸と日本の文化が融合した稀有な建築物として、国宝に指定されています。

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中央に安置されているのは釈迦三尊。
脇侍はお釈迦様の弟子・阿難と迦葉です。

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ご本尊の両脇には十八羅漢像が安置されていました。
どの羅漢さんも堂々として、とても個性的です。

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大雄宝殿の横には媽姐堂が建っていました。

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媽祖は中国沿海部で信仰された航海の神様で、航海安全を願う船主たちの篤い信仰を集めていました。
手前にいらっしゃる青い服を着た方たちは、向かって左側を千里眼、右側を順風耳といいます。
顔が怖いので鬼かと思いきや、お寺の方にお話をうかがったところ、なんと彼らは媽祖を守護する神様なのだとか。
もともと悪さばかりしていた二人でしたが、媽祖が改心させたことにより、その忠実な部下となったそうです。
この千里眼と順風耳の像は他のお寺にも安置されていたので、とても人気のある神様だったのでしょう。

2017.2.3
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