永興寺(大分)・水のまちの観音像

大分自動車道をさらに進み、日田市へ向かいました。



日田は周囲を山に囲まれた盆地であり、多くの河川が流れ込んで水郷を形成している、水の恵み豊かな土地。
かつてこのあたりには、日田大蔵氏の居城、鷹城があったそうです。
日田郡司職に代々就いた日田大蔵氏は、11世紀末から室町期までの約360年間にわたり、日田の支配者として君臨した土豪でした。



永興寺は、その日田大蔵氏の氏寺であったと伝えられる古刹です。



仏像はこちらの収蔵庫に安置されていました。



中央には十一面観音、その周りを四天王が取り囲んでいます。
四天王は慶派仏師の銘が残されているそうです。



本尊の十一面観音は像高91.6cmで、鎌倉時代の作。
ほっそりとした体躯に端正なお顔。
目には玉眼をはめており、凛とした美しさを持つ観音様です。



収蔵庫内には他にも藤原時代の毘沙門天や兜跋毘沙門天など、計8体の仏像が安置されており、御仏たちの濃密な空間が広がっていました。
拝観の後、周辺を歩いていると…。



水郷の街にふさわしい、清らかな光景を見つけました。

2011.5.28
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瑞巌寺磨崖仏(大分)・焼け残った不動明王

大分市内から大分自動車道を通って日田方面へ。
途中の九重ICで降り、九重町にある瑞巌寺磨崖仏を参拝しました。



雨が降りしきり、遠くの山々が靄でかすんで見えます。





磨崖仏の周りは屋根で覆われており、綺麗な花が飾られていました。
今も大切に守られているのですね。



岩壁には不動明王を中心に、二童子、増長天、多聞天が彫られています。
制作年代は鎌倉時代とも室町時代とも推定されていますが、はっきりしたことはわかっていません。



瑞巌寺は六郷満山を開基した仁聞の創建と伝えられており、後に龍門寺の末寺の一つとなりました。
ところが天正年間の戦により伽藍はことごとく焼失。その結果、廃寺となってしまったのです。
今は岩壁に彫られた御仏たちのみが残され、往時の繁栄ぶりを伝えてくれます。



お堂にいるうちに雨は激しさを増し、しばらくの間、堂内から外の風景を眺めていました。

2011.5.28

大山寺(大分)・最古の普賢延命菩薩



金剛宝戒寺を出発し、同じ大分市内にある大山寺へ。



こちらのお寺には平安時代の普賢菩薩坐像が安置されているということで、拝観のお願いをして収蔵庫に入れていただきました。



像高87.7cmで10世紀頃の作。
かつては豊後国一宮である柞原八幡宮境内普賢堂の本尊でしたが、明治時代の神仏分離の際、この大山寺で祀られるようになりました。



正式な尊名を普賢延命菩薩といい、除災、長寿などを祈念する修法「普賢延命法」の本尊として信仰されているそうです。
普賢延命菩薩の造像例は少なく、この大山寺の尊像は、日本で最古の彫像だと考えられています。



そして何より印象的なのが台座の白い象。
仲良く並んでいて、とってもラブリー♪
実物を見たことがなかった仏師が、これほどまでに精緻な象を造ったことにとても驚きます。
昔の人々はこの象を見て、さぞかし驚嘆したことでしょうね。

2011.5.29

金剛宝戒寺(大分)・丈六の大日如来

大分県大分市は、古くから豊後国の中心として栄え、中世には大友氏の城下町として発展した町です。



その大分市にある金剛宝戒寺を参拝してきました。



こちらの大日堂には、九州最大クラスの大きさを誇る大日如来坐像が安置されています。



像高なんと303.8cm。
珍しい胎蔵界の大日様です。
1318年に大仏師・康俊によって造られました。



若々しく張りのある体躯、意思の強そうなお顔。
首が痛くなるほど見上げながら、その堂々としたお姿をしばし拝していました。
これだけの尊像がいらっしゃるということは、かつては壮大な大伽藍が広がっていたのでしょうね。

2011.5.28

天念寺(大分)・川中不動



この日のラストは豊後高田市の天念寺。
他の六郷満山の寺院と同じく、718年に仁聞菩薩によって創建されたと伝えられる古刹です。



川沿いにお堂があり、その中にいらっしゃったのは…。



素朴で優しげな御仏たちでした。
お堂は綺麗に整理されていて、今も地元の方に大切に守られているということがよく伝わってきます。
堂内に入ると自動的にテープレコーダーが動き出す仕組みになっており、お寺や仏像の説明を聞きながら、しばらく座りこんでいました。

そしてこの天念寺で特に有名なのが無明橋です。



赤い矢印の先にある橋がおわかりになるでしょうか?
何と断崖絶壁の上に橋がかけられているのです。(こちらのHP()に詳しく載っています)
この橋を渡ることが修行のひとつになっているらしいのですが、思わず足がすくんでしまいそう…。

さらにお寺の前に流れる川には、「川中不動」と呼ばれるお不動様がいらっしゃいます。
その理由は…。



川の中の巨岩に不動明王と二童子が!
室町時代、川の氾濫をおさめるために彫られたと伝えられているそうです。



天念寺の周辺は、奇岩・巨岩がそびえ、天念寺岩峰と呼ばれており、六郷満山の修行の場として栄えていました。
今も地元の方に大切に守られている御仏たちは、温かく、個性的で、お堂を中心に不思議な空間が広がっているようでした。

2011.5.27