仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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ちー

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久遠寺(山梨)・久遠の桜(2) 2015-07-21-Tue

本堂の参拝を終えたあとは、この旅のもう一つの目的である身延山登頂を目指しました。
ほぼ山頂に近いところまでロープウェイも通っていますが、今回は徒歩で登ることに。
登山道へ入ると、本堂付近と雰囲気がガラリと変わり、ほとんど参拝者はいませんでした。

変換~P1050507

山頂までの登山道は西コースと東コースがありますが、今回は時間の制約があったため、比較的時間の短い東コースを取りました。
しばらくは舗装された道が続きます。

変換~P1050515

入口から20分ほど歩いたところで、丈六堂と呼ばれるお堂が見えてきました。
実は東コースをとったのにはもう一つ理由があり、それはこちらのお堂に安置されている阿弥陀様を拝するためでした。
丈六と呼ばれるからには、大きな仏様がいらっしゃるに違いない。
わくわくしながら格子をのぞいてみると…

変換~P1050520

わわっ!
中にいらっしゃったのは、想像をはるかに上回る大きさの阿弥陀様でした。
てっきり坐像の丈六仏だと思い込んでいたため、金色に輝く阿弥陀如来立像を拝し、とても驚きました。
像高は4~5mくらいでしょうか。
おそらく現代の作ですが、この山奥にこれだけの巨像を運んできた、その途方もない労力を考えると、思わず胸が熱くなります。

変換~P1050530

こちらは大光坊と呼ばれる塔頭です。

変換~P1050535

さらに奥へ進んでゆくと坂道はかなりの急こう配となり、照りつける強い日差しもあって、苦しさで息が上がりました。

変換~P1050550

路傍にいらっしゃったお地蔵様。
立派な厨子に入っておられ、大切にされていることが伝わってきます。

変換~P1050583

登り始めて約2時間30分、ついに奥ノ院の山門が見えてきました。

変換~P1050614

見渡す限りに広がる南アルプスの山々。
遠くに見える高峰の頂に白い雪がかかっているのがわかります。
この美しくて雄大な風景を、日蓮上人は幾度もご覧になったに違いありません。
上人は身延山を特別な地と考え、「いづくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候」との遺言を残されたと伝えられています。

変換~P1050478

電車の都合もあり、下りはロープウェイを使うことにしました。
当たり前ですが、やはり乗り物だとあっという間に下山できます(笑)

変換~P1050631

境内に辿りつき、再び仰ぎ見た久遠の桜はやはりとてつもない美しさで、登山の疲れも忘れて見入っていました。

2015.3.28

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久遠寺(山梨)・久遠の桜(1) 2015-07-08-Wed

少し前のことになりますが、三月下旬、花見も兼ねて山梨県の久遠寺を参拝してきました。

変換~P1050373

早朝の電車を乗り継ぎ、JR身延駅へ。
花見の時期ということもあり、身延線の車内は大混雑していました。
ザックを背負った人でギュウギュウ詰めの車内は、立っていることもままならぬほど。
まるで都内のラッシュ時のようです。
身延線には過去に何度か乗ったことがありますが、こんなことは初めてで、とても驚きました。

変換~P1050396

一時間ほどで満員電車から解放され、ほっと一安心。
そこからは徒歩で久遠寺へと向かいます。
お寺のある身延山は桜の名所として知られており、あちこちで美しい花が咲き誇っていました。
民家の並ぶ集落を抜けると道は急こう配となり、息を切らせて登りながら、徐々に身延山の懐へと入ってゆくのを感じました。

変換~P1050416

駅から40~50分ほど歩いたところでしょうか。
やっと久遠寺の境内へと辿りつきました。

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身延山久遠寺は、鎌倉時代に日蓮上人が開創した日蓮宗の総本山です。
文永11年(1274年)、地元の有力者であった南部六郎実長が日蓮を招き、この地に草庵を構えさせたのが、お寺の始まりであると伝えられています。

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そしてこの久遠寺で特に有名なのがしだれ桜です。
写真では何度か見たことがあったものの、実際に目の当たりにしたときは、その絢爛豪華さに息を飲みました。
特に古い木は樹齢400年を超えると言われています。

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境内の周辺には塔頭や民家などが建ち並び、点在する桜が満開の花を咲かせていました。
山全体が薄紅色の霞に包まれている、そんな夢を見るような、美しい風景でした。

(つづく)

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立川不動(山梨)・丈六の不動明王 2014-01-04-Sat

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大善寺参拝の後、電車で石和温泉駅へ。
そこからレンタサイクルを借り、笛吹市の立川不動へ向かいました。

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線路沿いにある小さなお堂の中には…

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勇壮な丈六のお不動様がいらっしゃいました。
なんと像高は255cm!
造像は平安後期と推定されていますが、いつからここに祀られるようになったのか、はっきりとしたことはわかっていません。
驚くべきはこれだけの大きさでありながら、頭と体の幹部はヒノキの一木から彫られているということです。
体の直径は160cmもあるそうですから、相当な巨木だったのでしょう。
小さなお堂の外観からは想像もできないほどの巨像です。
体のあちこちには補修の木が継ぎ接ぎされており、長い間大切に守られてきたことがよくわかります。

変換~P1150158

参拝者は他に一人もいなかったため、すぐ近くを通る電車の音を聞きながら、じっと座り込んで尊像を見つめていました。

2013.10.26

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大善寺(山梨)・ぶどう薬師御開帳 2013-12-21-Sat

約4年ぶりに甲州市の大善寺を参拝しました。

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あいにくの雨模様でしたが、貧乏旅行のため(泣)、勝沼ぶどう郷駅から歩いてお寺へと向かうことに。

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山梨は言わずと知れた葡萄の名産地。
お寺までの道中も、豊かに実った葡萄畑がずっと続いていました。

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大善寺の仁王門です。

変換~P1150128 変換~P1150124

「雨のなかご苦労であったな!」

変換~P1150131

こちらは国宝の薬師堂。
大善寺は養老2年(718)、僧・行基が甲斐の勝沼で修行した際、葡萄を手にした薬師如来を感得し、尊像を刻んでこの地に安置したのが始まりと伝えられています。
ぶどう薬師と呼ばれる本尊は秘仏ですが、このたび数年ぶりの御開帳があったため、お寺を再訪することにしたのでした。
堂内に入ると、中央には開かれた厨子が置かれ、左右に薬師如来をお守りする十二神将が安置されているのが見えました。
(⇒大善寺HPの写真はこちら)
期待に胸を膨らませ、中央の厨子を見上げてみると…

「あっ…!」
中にいらっしゃったのは、かつて一度も拝したことがない、不思議なお姿をした薬師様でした。
通常薬師如来が薬壺を持つ左手には、ぶどう薬師の名の通り、一房の葡萄が置かれていたのです。

薬師様の像高は85cm。カヤの一木造で、平安前期の作と推定されています。
決して大きくはない像ですが、肩はしっかりと張り、実に堂々としたお姿です。
そして何より印象的なのは左手の葡萄でしょう。
造像当時から置かれていたかどうかは不明ですが、大切なのは、長い間そうやって伝説が受け継がれてきたことなのだと思います。
薬師様の脇には日光・月光菩薩が寄り添っておられ、その愛らしいお顔立ちは、拝する者をふんわりと包み込んでくださるような温かさを感じさせてくれました。

変換~P1150144

拝観を終え、再び歩いて駅へ戻ることに。
お寺近くから駅まで向かう歩行者用の道路があることを知り、復路はそちらを通ることにしました。
息を切らせて小高い丘を上って行きます。

変換~P1150135

ふと気付くと既に雨は止んでいて、雲間から漏れる光が、葡萄の郷を優しく照らしていました。

2013.10.26

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東光寺(山梨)・鎌倉期の薬師如来 2012-05-15-Tue



清らかな小川を眺めながら歩き、甲斐善光寺から数分ほどのところにある東光寺へ。



東光寺の創建は平安時代にまで遡り、後の鎌倉時代に渡来僧の蘭渓道隆が禅宗寺院として再興したと伝えられています。
戦国武将・武田信玄は東光寺を甲府五山のひとつに定めて庇護し、お寺は長きに渡って高い寺格を誇ってきました。



ところが残念なことに、第二次世界大戦中に本堂や庫裡が焼失、奇跡的に火災を免れた仏殿は、国の重要文化財に指定されています。
そしてこの仏殿に安置されているのが、本尊の薬師如来様です。
(⇒お寺のHPに写真が載っています)



事前に拝観のお願いをして堂内に入れていただきました。
薬師様の像高は51.5cm、檜の寄木造です。
非常に品のあるお顔立ちで、洗練された衣文や螺髪の表現などに、中央仏師の作である可能性を感じました。

周囲を守る十二神将は勇壮そのもので、十二の数にちなみ、それぞれ頭に十二支を乗せています。
私も自分の干支を見つけて合掌しました。
本尊・十二神将とともに鎌倉時代の作と推定され、山梨県の文化財指定を受けています。



境内の片隅で大量のお地蔵様に遭遇!
元々別の場所に置かれていたものが集められたのでしょうか、ズラリと並ぶ様子は実に圧巻です。
地獄における救済の仏として篤く信仰されてきたお地蔵様の人気がよくわかりますよね。

2012.3.4

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