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仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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ちー

Author:ちー
読書と音楽、そして仏像をこよなく愛しています。

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弥勒寺(三重)・平安期の仏像群 2017-10-21-Sat

三重県名張市にある弥勒寺は、平安期の仏像が多数伝えられていることで有名なお寺です。

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お寺の近くまではバスも出ていますが、ちょうど良い時間の便がなかった為、往路は徒歩で行くことにしました。

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長閑な田園風景を眺めながら歩くこと約40分。
五色の垂幕に彩られた、立派なお堂が見えてきました。

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お堂の中央にいらっしゃったのは、本尊のお薬師様です。

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像高143cm、平安後期の作。
いかにも藤原仏らしい、穏やかで優美な表情をなさっています。

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その脇には役行者、天部、観音など、様々な仏像がずらりと安置されていました。
いずれも平安後期から鎌倉期頃の作と推定されている古仏です。

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個人的に一番印象的だったのは、こちらの十一面観音立像。
像高174cm、平安後期の作。
体の所々に色が残っており、かつては全身に彩色が施されていたことがわかります。
両腕に垂れる天衣がとても軽やかで、うっとりと見惚れてしまいました。

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その向かい側に安置されているのが、こちらの聖観音立像です。
像高180cm、平安後期の作。
十一面観音立像と衣の表現などが似ているため、同じ流れを組む仏師の作なのかもしれません。

弥勒寺は平安期に創建されたと伝わる古刹で、かつては七堂伽藍を有する大寺でしたが、堂宇の多くは時の流れとともに荒廃してしまいました。
現在、これらの仏像群は昭和54年に改築されたお堂に安置されていますが、いずれも非常に立派な仏像であるため、元々はそれぞれ別のお堂で祀られていたのかもしれません。

2017.1.6

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丸山千枚田(三重)・熊野古道を歩く~伊勢路編~ 2017-03-05-Sun

今回の目的地を南紀に決めたのは、熊野古道の伊勢路を歩き、日本の棚田百選のひとつにも選ばれている丸山千枚田を見に行くためでした。
数年前に本で美しい写真を見て以来、ずっと気になっていた場所だったのです。

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花の窟神社を参拝した後、歩いて熊野市駅へ。
そこからバスに約30分ほど揺られて行くと、丸山千枚田へと続く、熊野古道伊勢路の入口が見えてきます。

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こちらのルートは熊野詣の本道とは異なるため世界遺産には指定されていませんが、昔ながらの古道の雰囲気が色濃く残っており、観光客に人気があるそうです。
バスで入口付近まで行けば、歩行時間は3時間弱と比較的短く、気軽に歩くことができます。

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熊野の素晴らしさの一つは、あちこちに清らかな水が湧いているということ。
この豊かな自然こそが、熊野信仰の原点であることは間違いありません。

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木々が途切れた間から、なだらかな山々が連っているのが見え、その奥に熊野灘がうっすらと確認できました。
数千キロに及ぶ熊野古道が最終的には海へと続いていく。
目の前に広がる雄大な景色に圧倒されます。

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入口から一時間強歩いたところで、展望台へ。
ここから丸山千枚田が一望できます。
丘陵地が襞のように細かく切り開かれ、折り重なるように田圃が作られていました。
現在は集落の高齢化などで数が減りましたが、最盛期には実際に千枚以上の田圃で稲作が行われていたそうです。

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田圃の近くまで行ってみると、一枚一枚の田圃が石垣で守られていました。
丘陵地で田圃を維持するために、大変な苦労があったことがわかります。

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集落の一画には小さな祠がありました。
ここで豊作を祈る神事が行われてきたのかもしれません。

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少し田植えの時期には早かったようで、田圃には水が張ってあるだけでしたが、それでも何枚かの田圃には実際に苗が植えられているのを見ることができました。

2016.4.29

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花の窟神社(三重)・巨岩のご神体 2017-02-28-Tue

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産田神社を参拝した後は、歩いて15分ほどのところにある花の窟神社へ。
こちらも日本神話の舞台となっている、日本屈指の古社です。
『日本書記』によると、イザナミノミコトは火の神の出産時に死亡し、「紀伊国の熊野の有馬村」に埋葬されました。
そのイザナミノミコトを祀ったのが、花の窟神社の始まりとされています。
花の窟という不思議な名前は、この神社で季節の花を神前に供えたことから呼ばれるようになったそうです。

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面白いのは、巨岩そのものがご神体である磐座(いわくら)として崇められており、社殿が存在しないということ。
そのため参拝者は岩の前に置かれた小さな拝所で祈りを捧げます。

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約45mある大きな岩の天辺には二つの顔のような岩が並んでいました。
そこから縄が結び付けられ、細い注連縄のような紐が垂れています。

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参拝を終えて道を歩いていると、境内の隅にぐるぐると縄を巻かれた杭のようなものを見つけました。

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そこから上を仰ぎ見ると、縄は奥へ奥へと延び、岩へとくくりつけられています。
毎年2月と10月に御縄掛け神事が行われ、種々の季節の花々や扇子等を結びつけたものを約170mの縄に吊して、御神体から松の御神木にわたすそうです。

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神社のすぐ横に広がるのは熊野灘。
晴天を映しこむかのように、海は青く輝いていました。

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こちらは神社から歩いて10分ほどのところにある獅子巖です。
形が獅子のように見えることからこう名付けられたとのこと。
確かに言われてみると、獅子の横顔のようにも見えます。
とても面白いですよね。

2016.4.29

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産田神社(三重)・日本神話の地 2017-02-23-Thu

少し前のことになりますが、去年の4月に三重・和歌山・奈良の三県を旅行してきました。
熊野古道の伊勢路を歩き、そこから南紀をぐるりと電車で巡る旅です。

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都内から深夜発の高速バスに乗り、三重県の熊野市駅へ。
早朝にバス停へ降り立ち、そこから歩いて15~20分ほどのところにある産田神社へと向かいました。

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産田神社(うぶたじんじゃ)は日本書紀にも記録が残っているという、非常に古い歴史のある神社です。イザナミノミコトが火神を産んだ場所とされており、安産守護や子を授かる神社として信仰を集めてきました。
境内で弥生式土器が発見されていることから、この周辺では弥生時代から稲作が行われ、集落が作られていたと考えられています。海が近く、温暖な気候のこの地域は、人々が定住するのにうってつけだったのでしょう。

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神社の創建は崇神天皇の御代とされていますが、天正年間に兵火により社殿が焼失したため、詳しいことはわかっていません。
面白いのは、ここが「さんま寿司発祥の地」とされていること。
看板によると、神社の祭事の際に「ホウハン」と呼ばれる、さんまを乗せたご飯が出されることから、こう呼ばれるようになったようです。

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早朝だったこともあり、周辺には誰もいません。
白い玉石が敷き詰められている境内は、ひっそりと静寂に包まれていました。

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参拝を終えて次の目的地へ向かう途中、田植えを終えたばかりの田圃が広がっていました。
弥生時代からこの地で行われていた稲作が、今なおこうして受け継がれていることに、深い感慨を覚えずにはいられませんでした。

2016.4.29

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妙福寺(三重)・三体の如来像 2012-09-23-Sun

三重旅行、旅の最後に妙福寺を参拝しました。



鈴鹿市徳居町の集落へと入り、昔ながらの趣ある街並みを進んでゆくと…



鮮やかな新緑に囲まれた山門が見えてきました。



妙福寺は奈良時代に行基菩薩によって創建されたと伝わる古刹で、最盛期には七堂伽藍を有するほどの大密教寺院として栄えました。
ところが戦国時代に堂宇のほとんどは焼失、寺地の一部に改めて村寺が建立され、現在に至っているそうです。



そして本堂には、戦国の戦火を田畑に埋められて逃れたという、数奇な運命を辿った仏様たちが今も守り伝えられています。



こちらは釈迦如来。
像高190cm、素地仕上げで藤原時代の作です。

そしてその釈迦如来を挟むようにして、二体の大日如来が安置されています。

 

いずれも像高は150cm前後で、藤原時代の作。
体の一部には彩色が残っており、かつての華やかなお姿を彷彿とさせます。

堂内に入り、まず圧倒されるのは、その仏様たちの大きさです。
そしてお姿をじっくり拝していると、いずれの像も優れた彫技で彫られており、かなりの力量を持った仏師の作であるということがよくわかります。
これらの仏様たちは、かつては堂山徳昌院というところで祀られていましたが、天正の兵乱の際、こちらのお寺に移されたのだそうです。



仏様を拝していると、次第にお堂の外から雨の音が聞こえてきました。
傘を持っていなかったため、しばらく堂内で様子を見ていたものの、雨脚は激しくなるばかり…。
意を決して少し離れた場所に停めてあるレンタカーまで走ろうとしたところ、なんとお寺の方が送ってくださることに!
その節は本当にお世話になりました

旅の最後にお寺の方のご親切に触れ、三重旅行はより一層印象深いものとなりました。

2012.4.30

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