仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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ちー

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読書と音楽、そして仏像をこよなく愛しています。

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庄薬師堂(愛媛)・二体の菩薩像 2013-07-04-Thu

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大宝寺参拝の後、四国旅行の最終目的地である松山市庄地区へ。

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集落の入口で可愛らしいお地蔵様にお会いしました。
長い間ずっとここで住民を見守り続けてきたのでしょうね。

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さらに数分ほど歩くと、小さなお堂が見えてきました。
中を覗いてみると…

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「あっ…!」
何と目の前には巨大な丈六の薬師様がいらっしゃったのでした。
像高250cmで檜の寄木造。
全く予備知識が無かっただけに、その貫録たっぷりのお姿にとても驚きました。
近くに立てられていた案内板によると、尊像は室町期の作と推定されており、愛媛県下の地方仏では最大とのこと。

お堂の外からじっと内部を眺めていると、拝観予約をお願いした時間となり、管理をなさっているお寺の方がいらっしゃいました。
お願いをしたところ、快く中に入れていただけることに。

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堂内へ入ってみると、薬師様の両側には数多くの破損仏が安置されていました。
天部、菩薩、はたまた破損が進み過ぎてお姿がほとんどわからない像まで、所狭しとびっしり並んでいます。
このあたり一帯には相当な数の堂宇が建ち並んでいたのでしょう。

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そして次に、本堂の向かい側にある収蔵庫を拝観させていただきました。
こちらに安置されているのは、今回の四国旅行でも特に楽しみにしていた尊像です。

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中にいらっしゃったのは二体の菩薩様たち。
いずれも古様なお姿をなさっており、かなり古い時代の作であるということが素人目にもすぐわかります。

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向かって右側の菩薩様は像高2.15mで檜の一木造。
唐招提寺などの奈良朝風の彫刻が顕著ですが、翻波式の衣文が彫られていることから、平安初期の作と推定されています。

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左の菩薩様の像高は2.04m。
同じく一木造ですが、材質は不明のようです。
そしてこの菩薩様の最大の特徴は木心乾漆像であるということ。
木心乾漆像とは、概形を木彫で作った上に麻布を貼り、そこに漆を盛り上げて完成させる像で、奈良時代から平安初期のごく一時期に造られました。
関西圏を除いては全国的にほとんど作例がなく、こちらの仏様たちがどこで造られたのかは不明ですが、古くからこのあたりが重要な地であったことが窺えます。

四国旅行全ての拝観を終え、お寺の方から教えていただいた近くの高台へと歩いて上ってゆきました。

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息を切らせて辿り着くと、高台からは庄地区の集落が一望できました。
家々の向こうに緑豊かな田園地帯が広がっています。
かつては一帯に広がっていたであろう大伽藍に思いをはせながら、その長閑で美しい風景を眺めていました。

2012.9.16

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大宝寺(愛媛)・三体の如来像 2013-06-30-Sun

松山市の松山総合公園に隣接する一画に、愛媛県屈指の古刹・大宝寺があります。

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境内は緑にあふれており、朝からずっと降り続ける雨を受け、木々の葉がさらさらと心地よい音を立てていました。

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こちらは本堂。
鎌倉前期の建立と推定されており、愛媛県最古の木造建築物として国宝に指定されています。
そしてこのお堂の中には…

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三体の如来様たちがいらっしゃったのでした。

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こちらは中尊の阿弥陀様です。
像高135.7cmの寄木造。
藤原時代末期の作と推定されています。
長い間秘仏として祀られており、来迎印を結んでいますが、元は薬師如来として信仰されていたそうです。

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向かって左側にはもう一体の阿弥陀様。
像高68.5cmの一木造。
中尊より時代は古く、その様式から藤原時代前期の作と推定されています。
眼差しは厳しく、むっちりした体躯は重厚感があり、お堂の左端に祀られていながらも、かなりの存在感を放っていました。

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そして右側にはお釈迦様。
像高83.9cmの一木造り。こちらも前出の阿弥陀様と同じく、藤原時代前期の作と推定されていますが、お体は阿弥陀様よりすらっとしておられ、受ける印象がだいぶ違います。

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堂内には破損した天部像も安置されていました。

これだけの尊像が何体も伝えられているということは、かつては沢山の堂宇が境内に建ちならんでいたのでしょう。
大宝寺は江戸時代には歴代松山藩主の祈願所であったそうですから、その歴史の古さ、格式の高さがよくわかります。

2012.9.16

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石手寺(愛媛)・不思議な洞窟霊場 2013-06-22-Sat

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こちらは夏目漱石の『坊っちゃん』に登場することで有名な、松山市の道後温泉。

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この日本有数の温泉街中心部から歩いて15分ほどのところに、四国八十八箇所霊場の第五十一番札所、石手寺があります。

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国宝の二王門には、大きな目を見開いた勇壮な仁王様(愛媛県文化財)がいらっしゃいました。
当初、仏像ファンの私はこの仁王様がお目当てだったのですが…

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おやっ?
境内の一画に不思議な看板が立っています。
マントラ仏??

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なにやら怪しげな雰囲気です。
中に入ってみると…

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わわわっ!!!
なんとその先には広大な洞窟が広がっていたのでした。
私の貧弱なデジカメでは到底その迫力をお伝えできなくて残念です。
総長はおそらく数百メートルはあるでしょう。
小高い丘をくり抜いて造られた洞窟内には石像が点在しており、洞窟全体がさながら巨大な地下霊場のような様相を呈しています。

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外の厳しい残暑とは打って変わって、薄暗い洞窟内部ではひんやりとした冷気が体を包み込みました。

「わー!なんだここは」
「痛いっ!頭ぶつけた!!」
などなど洞窟内のあちこちから声が聞こえてきます。
皆さん、予想外の光景に驚いている様子です。

わずかな光を頼りに前へ進んでゆくと…

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辿り着いた先は車が行き交う一般道でした。
そういえばお寺に向かう途中、なんだか不思議な入口があるなぁと疑問に感じていたのですが、まさかその先にこのような洞窟が広がっていようとは夢にも思っていませんでした(笑)
何故このような霊場が造られたかは不明ですが、気の遠くなるような時間と手間がかかったことは間違いありません。

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思いがけない摩訶不思議な体験に興奮しながらお寺を後にしました。

2012.9.16

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光徳院(愛媛)・二体の平安仏 2013-06-15-Sat

仙遊寺参拝のあと、レンタカーで今治街道を西へ。

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松山市の古刹、光徳院に到着しました。

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こちらのお寺には二体の平安仏が伝えられているため、事前にお願いをして拝観させていただきました。

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本尊の阿弥陀様です。
像高157.5cm、檜材の一木造。
明治期の神仏分離の際までは、国津比古命神社の本地仏としてお祀りされていたそうです。

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体躯はむっちりと量感があり、眼差しは厳しく神秘的で、神仏習合の仏として信仰されたという、この阿弥陀様の歩まれた歴史を実感させてくれます。

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こちらは十一面観音様。
像高165.5cmの一木造。
現在は十一の面相を頭上に据えておられますが、髻の形などから元は聖観音として造像されたと考えられています。


光徳院は寺名をかつては密護山護持院神護寺と称し、後醍醐天皇が勅願所として再興した地方祈祷の総本山であったといいますから、その格式の高さがよくわかります。
素晴らしい美仏を拝することが出来た喜びに浸りながら、お寺をあとにしました。

2012.9.16

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仙遊寺(愛媛)・藤原期の千手観音 2013-05-22-Wed

四国旅行の最終日は、愛媛県今治市の仙遊寺からスタートです。

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仙遊寺は飛鳥時代に天智天皇が創建したと伝えられる古刹で、現在は四国八十八箇所霊場の第五十八番札所として篤い信仰を集めています。
早朝にも関わらず、境内の駐車場は既に満車状態。
本堂付近はご朱印を受ける参拝者で賑わっていました。

拝観のお願いをして本堂の奥へと進むと…

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ほのかな光を受け、美しい千手観音様がぼうっとお姿を浮かび上がらせていました。
その作風などから藤原期の作と推定されています。

海から上がってきた竜女が一刀三礼しながら彫ってお寺に安置したのがこの観音像であると伝えられており、この不思議な伝説をもとに「作礼山」という山号が付けられました。
さらにこの像には竜宮から届けられたという言い伝えもあるのだとか。
いずれにしても海への信仰との深い繋がりを窺わせます。

お寺の方のお話によると、虫食いなどによる傷みがとてもひどかったため、近年になり補修され、写真のような美しいお姿になられたそうです。

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上品で柔和なお顔、むっちりとした量感ある体躯。
歴史ある四国八十八箇所霊場の札所に相応しい、素晴らしい仏様ですね。

2012.9.16

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