堂森善光寺(山形)・見返り阿弥陀

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レンタサイクルで上杉神社、米沢城址をめぐったあと、米沢市郊外へと向かいました。
米沢盆地の美しい田園地帯を走り抜けてゆきます。
やがて見えてきたのが…

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堂森善光寺の仁王門です。

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堂森善光寺は米沢きっての古刹で、この地域の阿弥陀信仰の拠点として栄えてきました。
詳しい文献等は残っていないものの、境内にある梵鐘に大同二年(807)の銘が刻してあることから、平安時代以前に開山された可能性が高いようです。
お寺のある堂森は、奇行で有名だった戦国武将・前田慶次が余生を送った地としても知られ、境内には慶次を偲ぶ供養塔が建てられていました。

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どうやら紫陽花の名所で人気があるらしく、平日にも関わらず、意外なほど多くの参拝者で賑わっていました。
可愛らしいお堂に色とりどりの紫陽花がよく映えています。

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お堂をのぞいてみると、中央に善光寺式阿弥陀三尊、その左側に腰を大きく捻った阿弥陀様がいらっしゃるのが見えました。

見返り阿弥陀 (⇒山形県のHPはこちら)

像高50.8cm、檜の寄木造。
鎌倉時代後期の作と推定されており、山形県の文化財指定を受けています。
写真のように後ろへ振り向いている阿弥陀如来像は、一般的に「見返り阿弥陀」と呼ばれています。
京都・永観堂(禅林寺)の像が有名ですが、全国的にも作例は少なく、文化財指定を受けるほどの古像は永観堂とこの堂森善光寺の他に思い当りません。

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参拝の後は美しい紫陽花を眺めながら境内を散策しました。

2014.7.14
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昌伝庵(山形)・室町期の大日如来

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山形駅から奥羽本線に乗って南下すること約45分。
上杉家の城下町として名高い、米沢へと向かいました。

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まず最初に参拝したのは昌伝庵。
上杉家統治以前に米沢を統治していた伊達氏が1508年に開創した古刹です。

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こちらのお寺には創建より更に古い、室町初期の大日如来坐像が伝えられています。
事前にお願いをして拝観させていただきました。

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割矧造で像高78.5cm。
胎内の墨書銘により、1360年に兵部法眼円慶および式部法橋宗祐が作ったことが判明しました。
彼らは当時京都で活躍した慶派の仏師であったと推測されています。

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法界定印を結ぶ、胎蔵界の大日如来様です。
頭の一部分に凹凸が残っているため、かつては宝冠を被っておられたのでしょう。
複雑に彫られた衣文、たっぷりと体を覆っている厚めの衣などに、室町期の仏像の特色がよく出ています。
ご住職のお話によると、もともと大日堂は境内の別の場所にありましたが、大正の大火の際に消失してしまいました。
この大日様は近隣の人々によって大切に運び出され、あやうく難を逃れたのだそうです。

2014.7.14

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注蓮寺(山形)・即身仏の古刹

1974年に芥川賞を受賞した森敦の「月山」は、山形県出羽地方の自然や文化、そこに住む人々の暮らしを幻想的な筆致で描いた小説として知られています。
この作品の主な舞台となっているのが、月山山麓に位置する注連寺という古刹です。

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「注蓮」とは神事に使う「注連縄(しめなわ)」のこと。
お寺周辺の集落が「七五三掛(しめかけ)」と呼ばれていることからもわかるように、かつて注蓮寺は出羽三山の別当寺として栄えた、神仏習合の寺でした。

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そしてこの注蓮寺で特に有名なのが、鉄門海上人の即身仏です。
即身仏とは衆生救済を願って修行を行い、穀物などを絶ったのちに、自らの肉体をミイラにして絶命した僧侶を指します。
全国的に非常に珍しいものの、山形県内には庄内地方を中心に8体もの即身仏が伝わっているため、出羽三山では特に篤い信仰を集めていたようです。
鉄海門上人の即身仏はお堂の左端に安置されており、参拝者は皆、その御前で深く頭を垂れて祈りを捧げていました。

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境内には七五三掛桜と呼ばれる樹齢数百年の桜の古木がありました。
お寺の方によると、この桜は最初に白い花を咲かせますが、やがて花弁を薄紅色に変えてゆく、非常に珍しい木なのだそうです。
なぜそうなるのか理由は全くわかっておらず、その美しさと不思議さから、春には多くの参拝者で賑わうのだとか。
私が訪れた日は、昼過ぎから降り続いていた雨を受け、鮮やかな緑の葉がさやさやと優しい音を立てていました。

2014.7.13

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月山神社(山形)・天空の社殿

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東北を代表する霊峰・月山。
羽黒山、湯殿山と共に出羽三山のひとつとして信仰を集めてきたこの山は、冬には真っ白な雪化粧を纏い、春には色とりどりの高山植物を輝かせる、神の山です。
この月山の山頂に位置する月山神社を参拝してきました。

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月山の登山道はいくつかありますが、今回は鶴岡方面から車で8合目まで登り、そこから山頂を目指すコースを選びました。
8合目駐車場を朝7時頃に出発。
まもなくすると弥陀ヶ原と呼ばれる湿地帯が見えてきました。
明治期の神仏分離令までは、月山神社の本地仏は阿弥陀如来だと考えられていたため、この名前が付けられたようです。
神様が田植えをなさる場所とされていることから、「御田ヶ原」とも呼ばれています。

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高山植物が小さな花を咲かせています。
厳しい冬が過ぎ、暖かで、優しい季節が訪れたことを喜んでいるかのようです。

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しばらくすると残雪地帯へと辿り着きました。
横の方で山スキーをしている人もちらほら見えます。
私が行ったのは7月中旬でしたが、まだこれほどの残雪があることにとても驚きました。

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念のためアイゼンを装着し、雪の斜面を横切ります。

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9合目にいらしたお地蔵様たち。
ニット帽がよくお似合いです。
ちょうどこのあたりから雨が降り出し、次第に激しさを増してゆきました。

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登山開始から3時間ほど歩いたところで遂に登頂。
山頂にある月山神社をお参りしました。
社殿はきっちり組まれた石垣の上に建てられており、さながら天空に浮かぶ城のようでした。
2000m近い頂まで大量の石を運ぶという、古の人々の途方もない労苦を思うと胸が打たれます。

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休憩小屋は巡礼の装束を纏った方で賑わっており、今なお出羽信仰が根強い人気を誇っていることが実感できました。
雨がますます激しさを増してきたため、休憩もそこそこに下山を開始。
再び8合目駐車場へ戻ってきたのは13時30分過ぎでした。
悪天候と歩みの遅さもあり、上り3時間強、休憩をはさみ、下り3時間弱ほどの登山となりました。

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2014.7.13

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出羽神社(山形)・蜂子皇子像御開帳

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約1年ぶりに羽黒山の出羽神社を参拝しました。(⇒前回の記事はこちら)

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今回一番のお目当ては、出羽神社境内にある蜂子神社の御開帳です。

推古天皇の御世のこと。
崇峻天皇の御子である蜂子皇子は、政治闘争に巻き込まれて宮中を逃れ、由良(現・鶴岡市)の浦へと辿りつきました。
そこに三本足の大きな鳥が飛んできて、皇子は羽黒山へと導かれます。
蜂子皇子は羽黒山で修行を積まれたのち、山頂に社を創建され、さらに月山、湯殿山を開かれたのでした。
これが出羽三山の由来であると伝えられています。

蜂子皇子像の御開帳は今回が初めてということで、多くの参拝者で賑わっていました。
10~15分ほど列に並んだところで、いよいよ建物の中へ。
中央には平安貴族のような装束をまとった、蜂子皇子の尊像が安置されていました。
はっきりとした造像年代は不明ですが、おそらく近世以降の作かと思われます。
美しい色彩がとても印象的でした。
かつてこの尊像は羽黒山麓の五重塔に安置されていましたが、のちに山上の開山堂に移され、さらには明治期の神仏分離令を受けて、神社へと分祠されることとなりました。

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参拝したのは7月中旬でしたが、敷地内には紫陽花が美しく咲き誇っており、参拝者の目を楽しませてくれました。
そして羽黒山で特に有名なのが…

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山麓にある国宝・五重塔です。
杉並木の間に悠然と建つその姿は、山岳信仰の古刹に相応しい、おおらかで力強い美しさに溢れています。

2014.7.12


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