倉敷市真備町尾崎地区磨崖仏(岡山)・岸壁の毘沙門天

岡山旅行の最後に、倉敷市真備町尾崎地区の磨崖仏を訪ねました。

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事前にいくら調べても詳細な住所等がわからなかったため、現地へ行けばなんとかなるだろう、いわば一か八かの気持ちで現地へ向かうことに。
カーナビを頼りに尾崎地区へ入ったところ、毘沙門天像の名を記した案内板を見つけて、ほっと一安心しました。

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更に車を走らせてゆくと、やがて集落の片隅にある、廃車などが捨て置かれた空き地へとたどり着きました。
ここで本当に大丈夫なのだろうか。
不安になりながら周辺を探していると…

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あった!
矢印が指し示す先には、空き地の奥へと続く細い道が見えました。

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ところがこれがかなりの山道で、木々が生い茂り、足元は悪く、なかなか思うように前へ進めません。
暑さと苦しさに息を切らせて登ってゆくと、あちこちから蚊の大群が襲ってきて、なんと全身を20~30か所も刺されてしまいました。
滅多に人が通らないため、格好の獲物だったに違いありません(笑)

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道はますます細く急こう配になってゆきます。

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入口から15~20分ほど歩いたところでしょうか、目の前に巨大な岩が現れました。
岩の上に生えた木の根元から、ロープが一本、だらりと垂れさがっています。
ロープは細く、貧弱で、手には取ってみたものの、その頼りなさに不安を感じました。
でも折角ここまで来たのだから引き返す訳にはいかない。
意を決してロープにしがみ付き、岩をよじ登ってゆくと…

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巨大な毘沙門天像が岸壁に浮かび上がっていたのでした。

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像高1.8m、室町末期の作。
左手に毘沙門天の象徴である宝塔を掲げ、足元には邪鬼を踏んでおり、非常に凛々しいお顔立ちです。
もともとの彩色かどうかは不明ですが、体の所々に朱色が残っています。
それにしても一体誰が、何故、このような場所に毘沙門天像を彫ったのでしょうか。

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ふと後ろを振り返ると、山々に囲まれた田園地帯、その間に点在する集落が見えました。
磨崖仏がある山塊は、かつて鳥ヶ岳城のあった石田山と峰続きとなっているため、この高台の場所は城の見張り台として使われていたと考えられているそうです。
岸壁の毘沙門天様は、恐ろしい敵から集落を守ってくれる大切な武神であったのでしょう。

2014.9.25
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安養寺(岡山)・毘沙門天の里

阿智神社参拝のあと、倉敷市内をレンタカーで北上しました。

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やがて見えてきたのは、収穫を間近に控えた田園地帯です。
抜けるような青空に、深い緑の山々、黄金色に輝く稲穂がよく映えています。

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車を停めて田圃の中を進んでゆくと、倉敷屈指の古刹・安養寺の鐘楼が現れました。
こちらの梵鐘はなんと重さが約11tもあり、中国・四国地方でも一番大きいそうです。

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おや?
梵鐘の奥に巨大な銅像が見えます。
近づいてみると…

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どーーーん!!
大きな大きな毘沙門天様でした。
私の貧弱なデジカメでは迫力を伝えられないのが残念ですが、とにかく大きい!
かつてこれほどまでに巨大な毘沙門天像を拝したことがありません。
しかも境内へは、この毘沙門天像の下をくぐって入れるようになっています。

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神仏習合の名残りのためか、本堂には注連縄が飾られていました。

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そして安養寺で特に有名なのが、こちらの成願堂に安置されている毘沙門天像です。
(⇒安養寺のHPに堂内の写真が載っています)
堂内に足を踏み入れた瞬間、その迫力に鳥肌が立ちました。
なんとこちらのお堂には三十六体もの等身大の毘沙門天像がずらりと安置されていたのでした。

変換~bisyamon1_l (⇒倉敷市のHPより)

中でも中央の毘沙門天立像は平安時代の作と推定され、国の重要文化財の指定を受けています。
像高約205cmで檜材の一木造。
写真ではわかりにくいのですが、地天女の上に立つ兜跋毘沙門天です。

ひとつの寺にこれほど多数の毘沙門天像が伝わっている例は全国的にも非常に珍しいため、毘沙門天を集中的に祀る特殊な信仰があったと考えられています。
毘沙門天は北を守る神様であることから、倉敷の北に位置するこの場所は、古くから大切な場所だったのでしょう。

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2014.9.25

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阿智神社(岡山)・倉敷の総鎮守

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瀬戸内海沿岸に広がる倉敷市は、岡山県で二番目、中国地方でも三番目の人口を擁する中核都市です。
古くから水運の要衝として栄え、江戸期には幕府の天領とされたことから、年貢米の集積地としての機能も担い、倉敷川流域には多くの蔵屋敷が建てられました。
現在はコンビナートを中心とした工業都市としても発展しており、西日本で大阪に次ぐ工業生産高を誇っているそうです。

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そして倉敷と言えば、やはり美しい町並みでしょう。
倉敷美観地区は、江戸期に建てられた建築物が現在でも残っていることで知られ、週末には多くの観光客で賑わいます。
町の中心を流れる倉敷川には木船が浮かび、江戸情緒を感じさせてくれました。

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この昔ながらの通りを抜けて中心部から15分ほど歩き、小高い丘を登ってゆくと…

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倉敷の総鎮守である阿智神社が見えてきました。

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社伝によると、阿智神社は渡来系の阿知使主の一族が作った庭園をその前身としています。
彼等は製鉄や機織、土木等の先進文化を担う技術集団として来日し、日本最古の蓬莱様式の古代庭園を造ったと伝えられています。
こちらの神社の主祭神は宗像三女神。
海上交通の守護神として、倉敷の人々から篤い信仰を集めてきました。

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小高い丘の上にある境内からは、倉敷の町並みが一望できました。

2014.9.25

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五流尊瀧院(岡山)・修験道の古刹

山陰旅行の最終日に百名山の大山に登る予定でしたが、台風が上陸したため、急きょお寺巡りをすることにしました。
そこで目的地として決めたのが、かねてから気になっていた岡山県の倉敷です。

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まず最初に参拝したのは五流尊瀧院。
創建が奈良時代にまでさかのぼると伝わる、修験道の古刹です。

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五流という不思議な名は、役行者の弟子であった5人の修験者たちがこの地にそれぞれ寺院を建立したという言い伝えにちなんでいるそうです。

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本尊は鎌倉期の十一面観音立像で、事前にお願いをして拝観させていただきました。
像高はほぼ等身、150cmほどでしょうか。
お腹はふっくらと膨らみ、木の温かさが伝わってくるような、素朴な美しさを持つ観音様です。
表情がやや厳しいのは、修験道の仏ゆえなのかもしれません。
体の所どころに彩色が残っており、造像当時は華やかな衣を纏っておられたことがわかりました。

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こちらは江戸時代に建立された三重塔で、県の文化財に指定されています。

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お寺のすぐ近くには熊野十二社権現の社殿がありました。
かつて五流尊瀧院は熊野神社と寺院とが一体となった神仏習合のお寺でしたが、明治期の神仏分離令を受けて別々に分けられたそうです。

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周辺を歩いていたところ、かつて五流の一院として繁栄を極めた五流建徳院の跡地を見つけました。
現在は草木が生い茂っており、長い時の流れ、栄華の移り変わりをしみじみと感じます。

2014.9.25

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