仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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ちー

Author:ちー
読書と音楽、そして仏像をこよなく愛しています。

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鵜戸神宮(宮崎)・岸壁の神社 2017-07-24-Mon

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青島神社を参拝した後は、日南市の鵜戸神宮へ。

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鵜戸神宮の創建は崇神天皇の御代と伝えられており、平安時代以降は神仏習合の霊場として隆盛を極めました。
往時は「西の高野」と呼ばれ、天皇家からの崇敬も受けたそうです。
明治期の神仏分離令の際、権現号・寺院を廃して鵜戸神社となり、後に官幣大社鵜戸神宮へと昇格しました。

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おそらく古くは海洋信仰の聖地であったのでしょう。
境内のすぐ横には美しい日向灘が広がっていました。

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少し高台のところから眺めてみると、神社が岸壁に張り付くようにして建っていることがわかります。

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洞窟の中に建てられている本殿は、宮崎県の文化財に指定されています。

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灼熱の太陽が降り注ぐ外とは一変、洞窟内にはひんやりとした空気が漂っていました。

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神社の周りには様々な奇岩が並んでおり、その不思議な眺めから、景勝地としても人気があるそうです。

2016.7.29

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青島神社(宮崎)・亜熱帯の植物群 2017-07-17-Mon

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宮崎市街地からレンタカーで海岸線沿いに南下すると、真夏の強い日差しを受けて輝く海上に、小さな島がぷっくり浮かんでいるのが見えてきました。
宮崎市の南東部に位置する青島です。

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青島は古くから聖地として崇められていたため、江戸時代までは一般人の立ち入りは許されませんでしたが、現在は弥生橋という橋を通って歩いて行くことができます。

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島の周囲には、細長い岩が隙間なく平行に並んでいました。
この「鬼の洗濯板」と呼ばれる岩は、波の浸食と隆起によって生み出されたもので、「青島の隆起海床と奇形波蝕痕」として、国の天然記念物に指定されているそうです。

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橋を渡ったところに、青島神社の大鳥居が建っていました。

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青島神社の創建について詳しいことはわかっていませんが、平安時代の文献に記録が残っていることから、少なくともこの頃から祭祀が行われていたことは間違いないそうです。

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社殿は何度が建てなおされていますが、現在の本殿は、昭和49年に発生した火災の後に再建されました。
鮮やかな朱色が晴天に美しく映えています。
祭神は天津日高彦火火出見命、豊玉姫命、そして塩筒大神。
山幸彦と海幸彦伝説にまつわる神様で、縁結びや航海安全の神様として信仰されています。

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島内には鬱蒼と樹木が生い茂り、その中を歩いていると、まるで異国のジャングルにいるような気分に。
青島は周囲860mほどの小さな島ですが、亜熱帯性の植物の宝庫となっており、「青島亜熱帯性植物群落」として国の特別天然記念物に指定されています。

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本殿から少し離れたところに元宮と伝えられる建物がありました。
付近で弥生式土器、獣骨等が出土したため、古くから祭祀が行われていた場所だと推定されているそうです。

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参拝を終えて、再び橋を渡って向こう岸へ向かっていると、右手には砂浜が広がっており、カラフルなビーチパラソルが無数に並んでいました。
現在この青島の周辺は、海水浴場としての人気も集めているようです。

2016.7.29

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三弓堂(宮崎)・平安期の薬師如来 2017-07-14-Fri

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本庄石仏から車で数分ほどのところにある三弓堂へ。
車を停めて歩いていると、真夏の強い日差しが容赦なく照りつけてきました。

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三弓堂という一風変わった名前には、次のような言い伝えがあります。
昔、山幸彦という男性が狩りをしていた時のこと。
山幸彦が昼食をとっていると、突然猟犬が狂ったように吠え立てたので、彼は怒って犬を射殺してしまいました。
そのとき背後に大きな熊が飛びかかっているのに気づき、山幸彦はすばやく熊をしとめます。
犬が吠えたのは主人に危険を知らせるためだと悟った山幸彦は、犬を殺したことを深く後悔し、弓矢を三つに折り、犬と熊を手厚く弔いました。
そのことからそのお堂を三弓堂、山号を犬熊山と呼ぶようになったそうです。

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不思議な伝承の残る三弓堂には、平安期の薬師如来坐像が伝えられています。

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薬師如来坐像を中心に、向かって右に不動明王、左に毘沙門天が安置されていました。
中尊の像高は120cm。
ヒノキの寄木造で、平安後期の作と推定されています。
左手に握る薬壺は昭和期の修理の際に補完されたそうです。

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尊像までは距離があり、詳しい像容はわかりませんでしたが、いわゆる定朝様の穏やかな作風であるようです。

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少し離れたところに、もう一つお堂があり、そこには聖観音坐像が安置されていました。
像高はおそらく100cm前後でしょうか。
ヒノキの一木造で、南北朝時代の作と推定されています。

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珍しい坐像の聖観音像で、体躯は引き締まり、整ったお顔立ちをなさっています。
非常に優れた像容であることから、中央の仏師によって造られ、この地に運ばれた可能性が高いと考えられているそうです。

2016.7.29

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本庄石仏(宮崎)・宮崎県最大の磨崖仏 2017-07-09-Sun

宮崎旅行の二日目は、国富町にある本庄石仏からスタートです。

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本庄石仏は松森山という丘の中腹に位置しているため、麓の駐車場に車を停め、そこから歩いて磨崖仏へと向かいました。

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人一人がやっと通れるほどの岩の間を登っていくと…。

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路傍に石仏が安置されていました。
大きな木の根にあいた空洞を、天然の祠にしてあります。

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予想はしていたものの、登山道には私の他に誰もいません。
7月下旬にも関わらず、早朝ということもあり、さわやかで気持ちの良い風が流れていました。

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入口から15分ほど歩いたところでしょうか。
少しひらけた場所に出ると、苔むした岸壁に大きな磨崖仏が浮かび上がっているのが見えました。

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像高4.42m、幅は1.51mあり、宮崎県で最大の磨崖仏です。
光背まで含めると約5.8mあるとのこと。
詳しい造像年代は不明ですが、かなり古い時代の作であることはわかります。
かつてこの松森山には竜宝山松森寺というお寺があり、磨崖仏を刻んで信仰し、隆盛を極めていたそうです。

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磨崖仏は薬師如来像と伝えられていますが、残念ながら左手部分は摩耗が激しく、薬壺ははっきりとわかりません。

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薬師如来像の右側に5躯の小像、 左側に岩窟が彫られているそうですが、わずかに頭らしき形が一か所確認できただけでした。

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高台にあるこの場所からは、麓の集落や田園風景が一望できました。

2016.7.29

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高鍋大師(宮崎)・情熱の石仏群 2017-07-01-Sat

宮崎県の高鍋町に不思議な石仏群があるということを知ったのは、おそらく6~7年前のことになります。
その名も高鍋大師。
是非この目で見てみたいと思い続けていたものの、かなり遠方にあるため、なかなかチャンスに恵まれませんでした。
今回の宮崎旅行で、ついに数年来の念願をかなえることができました。

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カーナビで目的地を目指すも、なかなか場所がわからず、高鍋の街を右往左往すること数十分。
実はネットで調べた住所が間違っていました…。
やっとの思いで入口を見つけ、車を停め、小高い丘を歩いて登って行きます。
階段の両脇には沢山の観音像が並んでいました。
驚くべきはこれらの石仏群が、岩岡保吉氏という一人の男性により、昭和初期から約50年かけて造られたということです。
その数はなんと約700体以上。
地元の方の協力もあったようですが、基本的には岩岡氏がこつこつと彫り続けていたようです。

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おおお!
頂上に巨大な石仏が見えてきました。

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丘の頂上は平たく整地され、そこへ円を描くように石仏が並べてありました。
小さいもので数十cm、大きなものだと5~6mくらいはありそうです。

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こちらはお地蔵様。
おそらく像高は3~4mくらいでしょうか。
なにやら左手に赤いものが…?

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なんと握っているのはサツマイモでした(笑)
しかも丁寧に説明も書いてあります。

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おや?
この三人組、どこかで見たことがあるような…?

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近寄ってみると「みとこもん」と彫ってあり、水戸黄門ご一行の像であることが判明しました。

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こちらはご近所さんでしょうか。
素朴で親しみやすいですね。
仏像以外にも、歴史上の人物、岩岡氏の知人など、実にバラエティに富んだ像が安置されています。

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こちらは千手観音立像と思われますが、棒状の脇手が体から平行に並び、実にアバンギャルドな雰囲気を漂わせています。
とにかくどの像も個性的で魅力たっぷり!
これだけの量と大きさの石仏群を、ほぼ一人で彫りあげたという、その途方もない情熱と行動力に胸を打たれます。
現在、石仏のある丘は公園として整備されており、散歩する地元の方もちらほらいらっしゃいました。
たとえ国宝や重要文化財ではなくとも、地元で愛され、大切にされていることがよく伝わってきます。

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もともと高鍋大師は、盗掘に遭った持田古墳群の霊を慰めるため、故岩岡保吉氏が八十八ヶ所札仏を刻んで安置したことに始まるのだそうです。
その古墳の周りをぐるりと回っていると…

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鬼の三人組がいました。

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そして金棒には「をにあらわれた」の文字が!
怖いはずの鬼たちが、岩岡氏の手にかかると、どこかユーモラスで優しい存在に感じられますね。

2016.7.28

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