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仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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ちー

Author:ちー
読書と音楽、そして仏像をこよなく愛しています。

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尊延寺(大阪)・平安期の仏像群 2020-07-04-Sat

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奈良県内をめぐった後、大阪方面へレンタカーで移動し、枚方市の尊延寺を参拝しました。天平3年(731年)に宣教大師が建立したと伝わる、真言宗の古刹です。

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堂内には、五大明王をはじめとする仏像群がずらりと並んでいました。
五大明王の像高はいずれも等身大くらいでしょうか。平安期の作と推定されていますが、後補が多い仏像もあるため、国の重要文化財に指定されているのは降三世明王立像と軍荼利明王立像だけのようです。ただし素人目には後補の部分はほとんどわからず、いずれも素晴らしい尊像に見えます。

IMGP5351.jpg 不動明王立像

IMGP5357.jpg 降三世明王立像

IMGP5395.jpg 軍荼利明王立像

これだけ古くて大きな五大明王が揃っているお寺は、全国的にもかなり珍しいのではないかと思います。私自身の記憶をたぐっても、京都や奈良、高野山などの大寺を除いて、ほとんど他に思い当たりません。

IMGP5448.jpg

お不動様の前には、小さくて可愛らしいお地蔵様がいらっしゃいました。
像高93.3cm、一木造。このお堂の中で最も古い、平安中期の作と推定されているそうです。

2019.6.7

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大林寺(大阪)・平安期の十一面観音 2016-05-05-Thu

大阪のお寺巡りの最後に、松原市の大林寺を参拝しました。

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お寺までは近鉄の布忍(ぬのせ)駅から徒歩で5分ほど。
川沿いに歩いてゆくと、立派な山門が見えてきます。

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門の横には小さなお地蔵様たちがいらっしゃいました。
皆さん綺麗な胸当てをなさっていて、今も大切に守られていることがよく分かります。

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大林寺には平安期の十一面観音立像が伝えられていると聞き、事前にお願いをして拝観させていただきました。

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中にいらっしゃったのは、ほっそりして可憐な観音様でした。

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像高171.5cmで桧の一木造。
全体的に古様な表現が見られるものの、穏やかな面相、浅い彫りなどから、平安後期の作と推定されています。
もともとは明治6年(1873年)に廃寺となった永興寺(布忍寺)の本尊であったそうです。

想像していた以上の美仏にお会いできた喜びはもちろんのこと、お寺の方にはとても親切にしていただき、素晴らしい参拝となりました。
改めて心より御礼申し上げます。

2015.8.6

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専念寺(大阪)・三体の平安仏 2016-05-03-Tue

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高槻市駅から阪急に乗って上新庄駅へ。
大阪市東淀川区の専念寺を参拝しました。

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境内の一画には大きな幼稚園が併設されており、あちこちから子供たちの楽しそうな声が聞こえてきます。

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まず案内していただいたのが本堂の脇にある建物で、中には立派なお厨子がずらりと並んでいました。

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向かって左は、智拳印を結ぶ大日如来坐像です。
一木造で12世紀頃の作と推定されています。
体の所々に漆箔が残っており、かつては全身が金色に輝いていたことがわかります。

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そしてその右側には十一面観音立像。
やはり一木造の堂々としたお姿です。
平安前期の仏像に特徴的な翻波の衣文が見られるものの、彫りはやや浅いことから、造像は大日如来坐像より少し古い、11世紀頃の作と推定されています。

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さらに本堂へと入ると、正面に本尊である阿弥陀如来坐像が安置されていました。
こちらも一木造で、体躯の表現などから、11世紀頃の作と推定されています。
これまで大阪市内のお寺はほとんど参拝したことがなかったのですが、これほどまでに優れた仏像が、しかも三体も伝えられていることに、驚きと深い感動を覚えました。

2015.8.6

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廣智寺(大阪)・多臂の観音像 2016-04-27-Wed

少し前のこととなりますが、平成27年8月6日~8月8日の三日間、大阪、奈良、和歌山の三府県を旅してきました。
しばらくの間、この時の旅行記を書こうと思いますので、よろしければお付き合いくださいね。

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初日の8月6日は大阪府へ。
まず最初に参拝したのは、高槻市の廣智寺です。
JR高槻駅の周辺はショッピングビルやマンションなどが建ち並んでおり、沢山の人で賑わっていました。
ここからは徒歩でお寺へと向かいます。
ちょうど夏の盛り、ほんの少し道を歩いただけで、全身から汗が吹き出しました。

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地図を見ながら15分ほど歩いてゆくと、左手に長い階段があり、その奥に中国風の門が見えました。

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廣智寺は聖徳太子の創建と伝えられている古刹ですが、戦国時代に伽藍が焼失したため、1661年(寛文元年)に高槻城城主・永井直清によって黄檗宗のお寺として再興されました。

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お堂には巨大な魚の形をした木魚が釣り下がっていました。
黄檗宗大本山である萬福寺の木魚を彷彿とさせます(⇒拙ブログ記事はこちら)

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こちらが御本尊の観音様。
十一面観音立像と伝えられていますが、調査によりかつては腕が8本あったことが判明した為、不空羂索観音として造像された可能性が高いそうです。

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像高167.8cm、カヤの一木造。
眼差しはやや鋭く、唇はきゅっと結ばれています。
体躯はふっくらしていますが、腰の位置が非常に高く、とてもスタイルの良い観音様です。
戦国時代にキリシタン大名・高山右近が堂宇を焼き払った際、この観音様は村人たちによって運び出されて難を逃れたと言われています。

2015.8.6

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神宮寺感応院(大阪)・平安期の十一面観音 2016-04-03-Sun

日帰り弾丸関西旅行、最後は大阪市の八尾市へ。

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近鉄の恩智駅から東へ向かって歩いて行くと、道路に立派な大鳥居が建っていました。
現在、道沿いには住宅が並んでいますが、かつてこの一帯は大きな神社の敷地内であったようです。

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駅から15分ほど歩いたところでしょうか、長い石段が見えてきました。
初夏の陽気もあり、登っていると額から汗が噴き出してきます。

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苦労して階段を登ると、河内二宮と伝わる恩智神社の社殿が建っていました。
恩智神社はの歴史は古く、雄略天皇の時代(470年頃)に香取神宮(現・千葉県)から天児屋根命を勧請したのが始まりと伝えられています。

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そしてその恩智神社から石段を少し下ったところにあるのが、神宮寺感応院です。
その名の通り、かつては恩智神社の神宮寺として栄え、明治期の神仏分離令までは神社の境内に位置していました。

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こちらのお寺には、平安期の十一面観音立像が伝えられているため、事前にお願いをして拝観させていただきました。

8.jpg (⇒八尾市HPはこちら)

像高108cmで桧の一木造。
目鼻立ちはこぶりで、華奢なお体をなさっており、非常に可憐な印象を受けます。
お寺のある恩智地域が母木(おものぎ) の里という名であったことから、この観音様は母木観音と呼ばれて親しまれているそうです。

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高台にある境内からは、その母木の里が一望できました。

2015.6.20

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