西光院(茨城)・巨大な立木仏



石岡市にある西光院には巨大な立木仏が伝えられています。
身の丈なんと515cm。
以前、写真を見た時に強烈なインパクトを受け、今回の茨城見仏ツアーでは特にお会いしたかった仏さまです。



立木仏はこちらの収蔵庫に安置されています。
中に足を踏み入れてみると、そこにいらっしゃったのは、大きな大きな十一面観音様でした。
(石岡市のHPに写真が載っています)

平安時代の一木造で、元々はふもとにあった立木山高照院長谷寺の本尊だったそうです。
抑揚のない体躯に神秘的な眼差し。
まさに一本の巨木そのもののような迫力と大らかさを持つ観音様です。

衣文の彫りは浅く簡素化されており、シンプルな造形の美しさの感じます。
想像をはるかに超えるスケールに、ただただ圧倒されるばかり…。
右手にはマイクのような蓮の蕾を持っていらっしゃっていて、その可愛らしいお姿が、この観音様を特に印象付けていました。
より立木仏らしさを出すために、元々は木の根を台座代わりに寄せていたといいます。



県の文化財に指定されている本堂は、岩壁の上に柱を組む懸造という建築法で建てられており、関東の清水寺とも呼ばれているそうです。

そして、こちらの御本尊はなんと自然石。
二つ重なった自然石を馬頭観音としてお祀りしているそうです。
とても珍しいですよね。

2010.9.19
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東大寺大仏〜天平の至宝〜展

東京国立博物館で開催されている「東大寺大仏〜天平の至宝〜展」に行ってきました。



今回のお目当ては何と言っても秘仏の僧形八幡神坐像。
かの有名な鎌倉時代の仏師、快慶の傑作です。
(HPはこちら)

はやる気持ちを抑えながら、入口へ。
おお!
いきなり僧形八幡神様がいらっしゃるではないですか。
堂々とした体躯、滑らかで艶やかな衣。
非常に写実的でありながら、人間を超える威厳と神秘さを併せ持つ、圧倒的な存在感。

ウットリしながら見ていると…。
ん???
何か人の流れがおかしい。

ああ!私、出口から入ってたー!!
気を取り直して、本当の入口から再入場しました。
(後日、友人と一緒に行った時も、友人が間違えて出口から入ろうとしていました。これから行く方は気をつけてください)

数多くの展示品の中で、特に印象的だったのが、国宝・良弁僧正坐像でした。

きりりとした意思の強そうなお顔、すっきりとした体躯。
高僧らしい、高潔な雰囲気。

すこし離れた快慶作の僧形八幡神坐像と比べてみると、それぞれの個性がより一層際立って見えます。

第二会場では、快慶作の地蔵菩薩、阿弥陀如来などが展示されていました。
普段は秘仏だけあって、彩色、切金などがよく残っています。

そして五劫院の五劫思惟阿弥陀如来坐像。
先日見た、三井記念美術館の奈良の古寺と仏像展で見た像との比較がとても楽しみでした。
いざお会いしてみると、心なしか五劫院の阿弥陀様の方がアフロが小さいような…?
うーむ、今度は是非隣り合っていらっしゃるところを拝見したいなあ。



さて平成館の休憩所。
大仏の実物大の手だそうです。
人間と比べてみると、その大きさがよくわかります。
ぜひ与願印(掌を水平に向けている左手)の方に乗ってみたかったな…。

2010.10.15

金剛院(茨城)・田島観音堂

先日、茨城県の地方仏を巡るツアーに参加してきました。
長年あちこちのお寺を参拝してきましたが、実は国内ツアーは初めて。
個人ではなかなか拝観できない地方仏を拝観できるということで、とても楽しみにしていました。



まず最初に参拝したのは金剛院。
お堂のある地名をとって、地元の方々からは田島観音堂と呼ばれています。



本尊は鎌倉末期から南北朝の作と推定される十一面観音です。
檜の寄木造で、像高113cm。
茨城県の文化財に指定されています。



しなやかな肢体に涼しげな眼差し。
頭の上には明王や地蔵などの化仏を頂いているという、とても珍しい観音様です。
この日は地元の方がお堂を開けてくださり、色々なお話をしてくださいました。

中でも特に印象的だったのが、次のようなお話です。

「この観音様を守るために、莫大な費用をかけて修復がなされました。
ひとりひとりの負担は並大抵ではありませんでしたが、大切な像のために田島地区住民が一丸となって修復費用を捻出しました。
なぜなら観音様は住民をつなぐ大切な存在だからなのです…」

仏像を巡る度に、それを守っている方々のことをいつも思います。
造られてから何百年経った今も、私が仏像を拝することが出来るのは、ずっと守り続けてきた沢山の方々の想いや信仰があってこそなのだと。

田島観音堂を訪れて、そのことを改めて実感しました。

2010.9.19

浄光寺(東京)・木下川薬師御開帳

葛飾区の浄光寺は平安時代に創建されたと伝わる古刹で、地元の人々から木下川薬師(きねがわやくし)と呼ばれて親しまれています。
ちょうど今年が開山1150年にあたるということで、秋に本尊の薬師如来が開帳されました。



お寺が位置しているのは荒川と中川に挟まれた一画。
かつては今より西北約600mにありましたが、荒川放水路の工事の為に現在地へ移されました。



立派な山門が見えてきました。



力強い仁王様ですね。



本堂でご住職のお話を伺ったあと、本尊にお参りしました。
緊張しながら奥へ進むと、厨子の中にいらっしゃったのは、実に神秘的な薬師様でした。



像高はおそらく70cm〜80cmほど。
お顔は小さく、表情はとても理知的です。
檜の寄木造ということですが、螺髪は貼りつけたものではなく、一つ一つ木に直接彫りこまれていました。
衣文は細い線で平面的に彫られており、全体的にとても古様な印象を受けます。
如来の耳たぶはだらりと垂れた福耳であることが多いのですが、こちらの仏さまは耳たぶがほとんどなく(ひょっとしたら取れてしまったのかもしれません)、それがとても特徴的でした。

伝教大師の作という真偽はともかく、この薬師様が非常に古い像であり、大切に信仰されてきたのだということは、お姿を拝するなりよく伝わってきました。
どのような経緯でここで祀られるようになったのかはわかりませんが、震災や空襲を乗り越えて、今もこうして私が拝することができるのは、本当に奇跡的なことだと感じました。

2010.10.16

笠森寺(千葉)・四方懸造のお堂

高蔵寺を出発し、長南町の笠森寺へ。
笠森寺は平安時代に最澄が創建したと伝わる古刹で、坂東三十三観音霊場の第三十一番札所として、古くから篤い信仰を集めてきました。



趣ある山門をくぐります。
…ん?



閻魔様がいらっしゃいました。



となりには奪衣婆もいらっしゃいます。
山門に閻魔像が安置されているお寺は他にほとんどありません。
笠森寺には何度も参拝しているのに、今回初めて気がつきました。

境内の奥へ進むと…。



重要文化財に指定されている懸造の本堂が見えてきました。
岸壁の上に建つ四方懸造という方法で造られており、これは日本で唯一の建築様式だそうです。



間近に見ると、岸壁に柱が組み立てられていることがよくわかります。
すごい迫力!

本尊の十一面観音は秘仏ですが、昨年御開帳があり、そのお姿を拝する機会に恵まれました。
立木仏のような素朴さと存在感を持つ尊像で、この立派なお堂にふさわしい、素晴らしい仏様でした。

2010.9.19

高蔵寺(千葉)・不思議な地下空間



別名・高倉観音と呼ばれる木更津市の高蔵寺は、坂東三十三観音霊場の第30番札所として、古くから篤い信仰を集めてきた古刹です。



先日、数年ぶりにその高倉観音を参拝してきました。



「コラー!」
威勢のよい仁王様ですね(笑)。



高倉観音は坂東札所という以外にも、とあるものが原因で名を馳せています。
それが本堂地下にある宝物館、観音浄土巡りです。



観音浄土巡り。
それは高倉観音のご住職が全身全霊をかけて作り上げた、摩訶不思議な霊場です。
初めて訪れた時はその奇想天外さに腰を抜かしました。

「中の写真撮ってもいいですか〜?」
勇気を出して声をおかけしたところ、
「本当はダメなんだけどね。みんな勝手に撮ってるから、もう好きにしていいよ!」とのお返事。
さすが房総の人は大らかです。

さて、お許しも出たところで観音浄土へ足を踏み入れます。



まずはナマハゲ!
ガイコツとのコラボです。



高倉河童菩薩様。
ああ、ありがたや…。



「ある程度でもきわめたら横バイもよいかに〜」
※(注意書)蟹は甲羅に似せて穴を掘る。人は自分の分不相応の考えや行いをするものだの意。

そんな深い意味が…。

…などなど他にもツッコミどころ満載の地下浄土。



本尊を下から見上げることもできます。
大充実のラインナップを十二分に堪能して再び境内散策へ。

梵鐘の近くにおさめ観音という観音様がいらっしゃいました。
なんでも古いお札をおさめるところらしいのですが…。



完全に物置状態。
これも房総のお土地柄のおおらかさがなせる業なのでしょうか…。
複雑な思いで次の笠森寺へ向かったのでした。

2010.9.18

香取神宮(千葉)・下総の一宮

佐原の観福寺を出て、レンタサイクルで香取神宮へ向かいました。



香取神宮は下総国の一宮として繁栄を極め、古より皇室からの崇敬を受けてきました。



広々として静謐な境内。



拝殿は非常に風格のある建物です。
平安時代に「神宮」の称号で呼ばれていたのは、伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の三社だけであったといいます。
いかに香取神宮が格式高き神社であるかがわかりますね。

お参りのあと、佐原市内へ戻りました。



なんとも風流な光景ですね

2010.9.12

観福寺(千葉)・神社の仏さま



佐原は古くからの水郷の町で、本格的日本地図を初めて作った伊能忠敬が暮らしていたことから、地図の町としても知られています。



観福寺は代々の伊能家から深い帰依を受けてきた、佐原屈指の古刹です。
こちらに重要文化財の銅造懸仏が安置されているということで、拝観のお願いをして、収蔵庫へ入れていただきました。



かつては香取神宮の本地仏として祀られていたという懸仏。
向かって左から地蔵菩薩、十一面観音、釈迦如来、薬師如来の四尊です。



いずれも鎌倉時代の作ですが、特に十一面観音の化仏の精緻な造りは見事で、ひときわ美しさを放っています。

収蔵庫には他にも伊能忠敬が実際に造った日本地図などが保管されており、その正確さに思わず声をあげてしまいました。
千葉県出身の私は、子供の時から学校で伊能忠敬の話を聞いて育ちましたが、この地図を目の当たりにして、改めてその偉大さを実感できたように思います。



広々として風格のある観福寺の境内。
緑豊かな木々の葉を眺めて歩いていると、ゆっくりと時間が流れてゆくようでした。

2010.9.12

新勝寺(千葉)・成田不動尊

成田山新勝寺は、初詣参拝客数が毎年上位にランクインする、関東有数の古刹です。
歌舞伎役者の市川團十郎が帰依して、「成田屋」の屋号を名乗ったことから、歌舞伎に縁の深いお寺として有名でもあります。
千葉で生まれ育ったにも関わらず、この新勝寺には何故か一度も参拝したことがありませんでした。



…というわけで行ってきました、成田山。



こちらは重要文化財に指定されている五重塔。



まずは本堂にお参りです。



最近ご結婚なさった市川海老蔵夫妻の絵馬が飾られていました。
あやかりたい!



境内を散策していると、岸壁の穴の中に役行者がいらっしゃいました。
ちょこんと座っていて、なんだか可愛い…



さらに奥へ進むと、1984年に落慶された立派な多宝塔が建っていました。
中にいらっしゃったのは、巨大な五大明王。
おそらく昭和の作と思われますが、そのスケール感、迫力、どれを取っても申し分ありません。
古さだけが仏像の良し悪しではないということを再認識しました。



多宝塔の近くには美しい庭園が広がっており、このあたりまで来ると、参拝者はほとんどいませんでした。

そうそう、本堂近くで面白い看板を見つけました。


「ここはお不動様のお庭です」

お不動様のお庭だから、タバコを吸ったりポイ捨てしたりしないでね。
そう優しく諭されるようです。
何だか温かい気持ちになりますね

2010.9.12

真了寺(東京)・可愛らしい鬼子母神

鬼子母神で有名な、品川区の真了寺を参拝してきました。
途中、道に迷ってしまい、何度も尋ねながら歩きまわることしばし…。
…ん?



な、なんと!
インドの遺跡ばりにエキゾチックな山門が!!
まさにこのお寺こそが真了寺でした。

圧倒されながら境内に入り、拝観をお願いすると、快くお堂へ入れてくださいました。



内陣には美しい仏像が祀られており、お目当ての鬼子母神は、右側手前の小さな厨子にいらっしゃいました。



鬼子母神は仏教の女神さま。
千人の子があり、他人の子を取って喰らっていたため、お釈迦様が最愛の子を隠してその罪を悔い改めさせたと言われています。
仏教に帰依した後は、出産・育児の神となりました。

お寺の方のお話によれば、鬼子母神の像は仏教帰依後の優しい天女の姿をしたものが多く、このような鬼の姿をしたものは珍しいそうです。
お顔はとっても怖いのですが、小さな子供を連れた姿は何となく愛らしくも見えます。



お堂を出たあと境内を眺めていると、なんと本堂の階段には黄金の像が!
普賢菩薩と文殊菩薩です。

この品川の地にこれほどまでに個性的でエキゾチックな寺院が存在しようとは。
興奮しながらお寺を後にしたのでした…。

2010.9.5