2010年私的・仏像ランキング

今年も残すところわずか。
4月からブログを始め、当初の目標では最低でも半年間は続けようと思っていたのですが、なんとか無事に達成できて感無量です。

今年は日本各地のお寺を参拝し、たくさんの素晴らしい仏像にお会いしました。
今回はいつもと少し趣向を変えて、今年拝観したお寺や仏像の私的・部門別ランキングを選んでみましたので、よろしければお付き合いください

*感動した仏像
(1)峰定寺(京都)・千手観音坐像
(2)中山寺(福井)・馬頭観音坐像
(3)因幡薬師(京都)・薬師如来立像

・峰定寺…人里離れた山奥のお寺でお会いしたのは、心が震えるほど端正な観音様でした
・中山寺…数年来憧れていた秘仏。やはりお美しかった!
・因幡薬師…不思議な伝説を持つ薬師様。頭の上の座布団が可愛い♪


*ビックリ仏像
(1)西光院(茨城)・十一面観音立像
(2)明通寺(福井)・降三世明王立像・深沙大将立像
(3)達谷窟毘沙門堂(岩手)・不動明王坐像

・西光院…とにかくその大きさにビックリ!
・明通寺…ザ・一木と言わんばかりの迫力。格好よかった〜
・達谷窟毘沙門堂…丈六仏の存在感とツギハギだらけの体躯に圧倒されました。


*感動したお寺
(1)圓教寺(兵庫)
(2)藤里毘沙門堂(岩手)
(3)南禅寺(静岡)

・圓教寺…山の中をひたすら歩いて行くと、突如として目の前に見事な大伽藍が。思わず絶句!
・藤里毘沙門堂…素朴な仏様たちと優しい地元の方。素敵な出会いでした。
・南禅寺…緑あふれる山の中のお堂。中には個性的な仏様がたくさんいらっしゃいました。


*行くのが大変だったお寺
(1)峰定寺(京都)
(2)清雲寺(福井)
(3)天台寺(岩手)

・峰定寺…こんなに山奥に人がいるのだろうか?と不安になってしまうほどの山道。その分、ご本尊の千手観音様のお美しさは感動的でした。
・清雲寺…道に迷い山奥に入り込んでしまって、かなり危険な目に(←完全に自分が悪い)
・天台寺…かなりの悪天候で、車を運転しているとハンドルを取られるくらいの強風に悩まされることに。そのため境内は私以外誰もいなくて収蔵庫の仏様を独り占めできたのはラッキーでした。


ブログに全てを載せることはできませんでしたが、今年は12の都道府県のお寺を参拝しました。
抑えきれない仏愛に突き動かされ、あちこちのお寺を巡る日々…。

仏像を巡り始めて、強く思うようになったことがあります。

何百年も守られてきた仏像には歴史があり、物語があるのだということ。
篤い信仰を集めてきた仏像には、姿は華やかではなかったとしても、拝する者の心を捉える何かがあるのだということ。
そして仏像には守ってきた人々が必ずいるのだということ…。


これだけ沢山の仏像にお会いしても、飽きるどころか、仏愛はますます強くなって、もやは制御不能(笑)。
来年も日本各地を駆け回りまーす!
地道にブログをアップしますので、よろしければお付き合いくださいませ

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明通寺(福井)・大迫力の薬師三尊

羽賀寺の後、明通寺へ向かいました。



妙通寺は小浜有数の古刹。数多くの文化財が残されていることで知られています。
今回の小浜旅行の中でも特に参拝を楽しみにしていました。
本来、薬師如来の脇侍は日光・月光菩薩であることが多いのですが、この妙通寺では本尊の薬師如来の脇侍が降三世明王、深沙大将というとても変わった三尊形式になっているのです。



残念ながら国宝の本堂は改修中でしたが、お堂の中に入ることはできました。



降三世明王です。
像高252.4cm。忿怒の顔で降三世印を結び、手には蛇を握っています。



本尊を挟んで逆側には深沙大将。
像高256.6cm。
深沙大将は、玄奘がインドへ旅した際に砂漠で彼を守護したと伝えられる鬼神です。

降三世明王、深沙大将ともに平安後期の作で一木造。
体躯は堂々としており、いかにも一木らしい重厚感があります。
どちらも薬師如来の脇侍として祀られることはまれなため、本来の脇侍ではない可能性があるそうです。

とにかくすさまじいまでの存在感。
一本の巨木の生命力がそのまま像に宿ったような、圧倒的な力強さを感じました。



国宝・三重塔。鎌倉時代の建物です。



近くには清らかな小川が流れており、そのせせらぎの音を聞きながらしばし休息しました。

2010.11.5

羽賀寺(福井)・異国の美女



福井県小浜市。
古より日本海の要港として栄え、中世には京へ海産物を運ぶ鯖街道の起点になりました。
数多くの文化財が残されていることから「海のある奈良」とも呼ばれており、数年来ずっと訪れたいと思い続けてきた場所です。



その小浜市にある羽賀寺には、とても美しい十一面観音が祀られています。
数ある小浜の仏像の中でも特に有名な尊像です。



朝一番で羽賀寺へ。
境内には静謐な空気が流れているようでした。



ご本尊にお会いするため本堂へ入ると…。



厨子の中にいらっしゃったのは、息を呑むほどに美しい観音様。
像高146cm。9世紀後半頃の作と推定されています。
今も鮮やかな色彩が残っているのは、長年の間秘仏だったからだそう。

顔は小さく腰がキュッとくびれており、ウットリするほどスタイル抜群。
細い弓なりの眉が妖艶で、エキゾチックな顔立ちは、どことなく異国の美女を思わせます。

日本海の玄関口として栄えた小浜では、古より大陸や朝廷の文化が行き交ってきました。
この尊像は、その豊かな小浜の文化を象徴しているのかもしれません。


2010.11.5

常福寺(茨城)・平安期の薬師如来

板橋不動尊を参拝した後、土浦市にある常福寺へ行ってきました。



常福寺は土浦駅から徒歩で25分ほど。
桜川の流れに沿いながらお寺へ向かいます。



訪れたのは晩秋。
境内は色鮮やかなイチョウが落葉しており、まるで黄色い絨毯の上を歩いているようでした。



さて、本堂でご本尊にお会いします。



厨子の中には見事な薬師如来がいらっしゃいました。
その周りを十二神将が取り囲んでいます。
薬師様は像高121cmで国の重要文化財。平安時代の作です。



素朴で親しみやすいお顔。
肉髻は大きく盛り上がっています。
(私のデジカメ写真ではほとんどわかりませんが…(汗))

そして特に印象的だったのが、右手の掌です。
漢字の「才」の字のような手相が太く刻まれており、それがかなり際立って見えます。
正直、今まで特に気にしたことが無かったのですが、かつてここまで手相がクッキリしている仏像にお会いしたという記憶がほとんどありません。

お寺の方に伺ってみましたが、理由はよくわかりませんでした。
ひょっとしたら深い意味が込められているのかもしれません。
手相を勉強してみたら何かわかるかも…?



2010.11.28

板橋不動尊(茨城)・不動明王御開帳

11月28日。
板橋不動尊の不動明王が年に一度開帳される日です。



最初に名前を聞いた時、「板橋区にあるのかしら?」と思ったのですが、お寺が位置するのは茨城県つくばみらい市(笑)。
正式名称を不動院願成寺といいます。



年に一度の御開帳日だけあって、多くの人で賑わっていました。



境内には立派な三重塔。
県の文化財に指定されています。



さて本堂へ入り、厨子に安置されている秘仏の不動明王と二童子にお会いしました。

一目お姿を拝するなり、その抜群のスタイルにビックリ!
特に二童子はとても顔が小さく、八頭身くらいでしょうか。
体躯はメリハリがあり、腰をキュッとひねっています。
かつてこのようなスタイルの仏像を拝したことがありません。

像高は不動明王が99.5cm、二童子は60cm前後。
全て国の重要文化財に指定されています。
藤原仏らしい上品なお顔立ちをなさっていて、衣文の表現も洗練されています。
このような点から、三尊は中央仏師によって造られたと推定されているようです。



柴犬っぽくて可愛い!
でも子犬の後ろにあるのは何だろう…?



年に一度の縁日。
私も休憩所でお団子を食べながらひと休みしました。

2010.11.28

清雲寺(福井)・毘沙門天とニソの杜

福井県・大島半島。
この半島は陸繋島(砂州によって大陸や大きな島と陸続きになった島)であり、日本海に向かって大きく突き出して、若狭湾やその内海である小浜湾を形成しています。

その大島半島の先端に位置しているのが、おおい町大島地区。
不思議なことに半島の根元は違う町(高浜町)になっており、この大島地区と他のおおい町中心部は橋を通って行き来できるようになっています。

そしてこの大島地区の清雲寺に古くから伝えられているのが、鎌倉時代の毘沙門天および脇侍立像です。



時間にかなり余裕を持って移動していたはずが、山の中で完全に迷子(ナビはどうして最終的に私を突き放すんだろう(笑))。
道を聞きまくり、半泣き状態でなんとかたどりついたのが約束時間の数分前でした。
間に合って良かった!

車を慌てて降りると、収蔵庫を管理なさっている地元の方が既に待っていてくださいました。



緊張しながら扉が開くのをじっと見つめます…。
中には凛々しい毘沙門天様がいらっしゃいました。



像高100cmで鎌倉時代の寄木造。目には玉眼をはめています。
第一印象は何よりもまず、スタイルがいいということ。
細身の体で腰をキュッと捻り、とてもバランス良く見えます。
風で衣をたなびかせ、両足に二体の邪鬼を踏みつける姿は、躍動感に満ち溢れていました。

その毘沙門天の脇侍には、吉祥天と善膩師童子。
どちらも50cm前後の小像ですが、洗練された作風で、この三尊が中央仏師の作であることを窺わせます。



収蔵庫の近くには「ニソの杜」と呼ばれる聖地がありました。
小さな森の中にお社が建っており、このような場所は大島全体で二十数か所点在しているとのこと。
森林信仰の聖地となっていて、大島を開拓した先祖の墓だという説もあるのだとか。
このニソの杜の木を切ることは決して許されず、今も毎年11月22日に祭祀が行われています。

冒頭に書いた通り、この大島地区はおおい町中心部と長い橋を通して繋がっており、昔は船で行き来していたそうです。



私も来る時に渡ってきた、長くて立派な橋が出来たのは、大島半島の先端部分に原子力発電所が出来たからだったのでした。
発電所の建設は決してマイナス面だけでなく、大島の人々の生活に利便性をもたらした点もあったでしょう。
それでも神秘的なニソの杜と、大島を取りまく美しい若狭の海を見ていると、何だかとても複雑な気持ちになりました。

2010.11.4

中山寺(福井)・馬頭観音御開帳

もともと今回の若狭見仏旅行は、数年来憧れ続けてきた仏像にお会いするために思いついたものでした。

福井県高浜町にある中山寺の馬頭観音。
33年に一度開帳される(中開帳が17年に一度)という、秘仏中の秘仏です。
その馬頭観音が今年から約2年間開帳されるということを知り、居ても立ってもいられず、若狭への旅を決意することに。

中山寺は京都府と福井県の県境に位置しており、舞鶴市の松尾寺からは車で20分ほどです。



山門が見えてきました。
憧れの観音様との対面に胸が高鳴ります。



寺務所で拝観のお願いしをして本堂へ。
ドキドキしながら足を踏み入れてみると…。



美しい美しい観音様がいらっしゃいました。

馬頭観音は観音の変化身のひとつであり、畜生道を化益するとされています。
頭上に馬の頭を頂くのが特徴です。
この馬頭観音様は鎌倉時代の作で、像高は79cm。重要文化財に指定されてます。

忿怒の表情に対し、体躯は優美で女性的。
この相反する両者の絶妙なバランスが、圧倒的な美を生み出していました。
台座の蓮弁はふっくらとしていて、観音様を優しく包み込むようです。


お寺の方のご厚意により、寺務所に安置されている仏像も拝することが出来ました。
ふと寺務所の襖を見ると不思議な絵が描かれています。



明らかに現代風の服装の男性が二人、しかも一人は何か紙に書いています。
何でもこの二人の男性は先代のご住職のお友達だとか。
紙を持っている男性が、襖絵を描いている方の自画像だそうです。



こちらのお坊様は弘法大師?
と思いきや、先代のご住職だそう(笑)。

襖に仲良し友達3人組を描くだなんて、ユニークで温かい感じがしますよね。



境内からは美しい若狭の海が見えました。

2010.11.4

多禰寺(京都)・慶派の仁王像



円隆寺を出発し、同じ舞鶴市にある多禰寺へ向かいました。



窓の外に広がるのは舞鶴湾。
あまりの美しさについつい見とれてしまい、車を止めては雄大な景色を眺めていました。

途中道に迷いながらも、昼前には多禰寺へ。



寺伝によれば、多禰寺は創建を飛鳥時代にまで遡るという古刹。
そしてこのお寺で特に有名なのが、重要文化財に指定されている仁王像で、かねてからずっとお会いしたいと思っていました。



仁王像含め、仏像の多くははこちらの収蔵庫に安置されています。
収蔵庫に足を踏み入れた瞬間、思わず「わっ!!」

憧れの仁王様は、想像を遥かに上回る大迫力だったのです。
(舞鶴市のHPに写真が載っています)

阿形・吽形ともに像高は360cmほど。
筋骨隆々の体躯は非常にバランスがよく、鎌倉時代の慶派仏師の作と推定されているそうです。
何はともあれ、とにかく大きい!

この仁王様がいらっしゃった山門はどれほどの大きさなのだろう?

そう思い、お寺の方に伺ってみました。
すると「山門までは歩いて30分くらいかかるよ。しかも熊が出る可能性があるから、絶対に歩いて行かない方がいいと思う」とのこと。
泣く泣く諦めました。



かつてこの多禰寺は七堂伽藍が並ぶ大寺院だったそうです。
現在その多くは失われていますが、勇壮な仁王様を拝すると、往時の華やかさがうかがえるような気がしました。

2010.11.4

円隆寺(京都)・丹後大仏

京都市内の妙法院を参拝した後、JRで近江今津駅へ。
そこからバスに乗ること約1時間。福井県小浜市に着きました。



この日は小浜に宿泊。
翌朝、レンタカーで舞鶴方面に向かいました。



国道27号線をひたすら進みます。
右手に見えるのは美しい小浜湾。



海岸線を離れたり近づいたり。
山々の間を抜けたかと思うと、また青い海が姿を見せる。
美しい海に出会うたび、ついつい嬉しくなります。

さて京都府内に入り、舞鶴湾が見えてきました。
円隆寺が位置するのは、西舞鶴駅からも程近い愛宕山の山すそです。



ご本尊は薬師如来、釈迦如来、阿弥陀如来の三尊で、全て国の重要文化財に指定されています。

お堂は団体のみしか入れませんが、格子穴から中を覗くことはできました。
格子に張り付き、必死で覗きこむと…。

中にいらっしゃったのは、藤原時代の優美な仏様でした。
(舞鶴市のHPに写真が載っています)
像高は薬師如来が227cm、薬師如来156cm、釈迦如来153cm。
丈六サイズの薬師如来は京都府北部最大で、丹後大仏と呼ばれています。

万治2年(1659年)の大火災の時には、仏像を背負って運び出したという言い伝えも残されているそうです。
こんなに巨大な仏像をどうやって運び出したかはわかりませんが、この仏様が篤い信仰を集めてきたことがよくわかるエピソードですよね。



2010.11.4

大山寺(神奈川)・大山ライトアップ(2)

ケーブルカーで大山寺まで下りようとしたところ、乗り場には行列が出来ていました。
この行列だと数回分は待たなくてはならなそうなので、歩いて行くことに。

暗い中、石段を下ってゆきます。
これがなかなかハード!
修験道の霊場として篤い信仰を集めていただけあります。
岩の陰から天狗がヒョイと現れても不思議ではないような…。



固い石段で膝がガクガクし出した頃、真っ赤な紅葉が見えてきました。
大山寺です。



思わず声をあげてしまいました。
紅葉が階段に覆いかぶさるように枝を伸ばしており、まさにトンネルのよう。
私のデジカメではその美しさを伝えることができないのが残念です。

そのトンネルをくぐると、一面深紅の世界。
あまりに美しすぎて、何度も何度も立ち止まっては眺めてしまいます。



階段の横には三十六童子の像がずらりと並んでいました。
なんだか皆さんで出迎えてくださっているようで嬉しい気分(笑)。



お堂が見えてきました。
大山寺は阿夫利神社の神宮寺として建立され、明治時代の廃仏毀釈の際に現在の地へ移されました。
本尊は重要文化財の不動明王。
ずっとお会いしたいと思っていたお不動様です。

さて拝観料を払ってお堂の中へ。
奥へ進むと…。

いらっしゃいました。
不動明王と二童子です。
(大山寺HPに写真が載ってます)

お不動様の像高は97.9cm。鎌倉時代の作です。
鉄で出来ているため、重量はなんと480kg!
ぷっくりして堂々たる体躯は存在感バツグンなのに、目はくりくりとして可愛らしく見えます。
個性たっぷりの魅力的な尊像でした。

外の賑わいとは打って変わって、堂内には私たち以外誰もいません。
独占できて嬉しい反面、こんなに素敵なお不動様がいらっしゃるのに寂しいような…。



境内にはお地蔵様もいらっしゃいました。

帰りにはまた石段を下ってゆきます。
深紅のトンネルを再びくぐりながら、また是非この美しい紅葉を見に訪れたいと思いました。

2010.11.21