仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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ちー

Author:ちー
読書と音楽、そして仏像をこよなく愛しています。

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源覚寺(東京)・こんにゃく閻魔 2011-01-31-Mon

都内の大好きな仏像のひとつに源覚寺(文京区)の閻魔像があります。



その名もこんにゃく閻魔。
実はこの閻魔様には次のような不思議な伝説が残されているのです…。

昔々、目を患ったお婆さんが、大好きなこんにゃくを断って源覚寺の閻魔様に21日間の日参をすることにしました。
すると夢の中に閻魔様が現れ、次のように仰ったのです。
「願掛けが満願したら、私の目をひとつお前にやろう」

満願の日、お婆さんの目は本当に治っていました。
さっそくお礼に行ったところ、なんと閻魔様の右目は盲目となっていたのでした。

感謝のしるしにお婆さんはその後もこんにゃくを閻魔様に供えつづけたのだそうです。




優しい伝説の残るこんにゃく閻魔。



今もお願い事をするために、こんにゃくを奉納する人が後を絶ちません。
このお寺には何度か参拝したことがあるのですが、今回初めてこんにゃくを奉納することにしました。



地元のスーパーで買ったこんにゃく(笑)。



いざ!



お堂の奥には実に堂々とした閻魔様がいらっしゃいます。



境内の絵馬。
閻魔様への願い事も国際化が進んでいるのですね。

2011.1.16

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蟹満寺(京都)・蟹の恩返し 2011-01-28-Fri

京都府南部の南山城は木津川流域に広がる一帯で、この地には数多くの古刹が点在しています。



木津川市の蟹満寺もそのうちの一つ。
国宝の釈迦如来坐像と不思議な蟹伝説で有名なお寺です。



つい最近に再建された本堂は真新しく、五色の布がかけられていました。
実はこの蟹満寺を参拝するのは今回で2回目。
1〜2年ほど前に訪れた時は、本堂建設中のため、ご本尊を拝することは出来なかったのです…。

今回はリベンジということで、自ずと期待が高まります。
ドキドキしながら本堂へ入ると…。
中には堂々としたお釈迦様がいらっしゃいました。

像高240.3cmの金銅仏。
金箔はほとんど剥がれおち、黒い肌がつやつやと輝いています。
制作時期は白鳳時代とも天平時代とも言われていますが、いずれにしても古い時代に造られたことは間違いありません。

引き締まった体躯は重厚感たっぷり。どの角度からでも非常にバランス良く見えます。
口をキュッと結んでいて、威厳のある表情です。

さて、夕方になり私の他に参拝者は誰もいなくなりました。
独り占めタイム!
堂内にはお釈迦様と私の二人(?)だけ。
最高に贅沢な時間をたっぷり味わいました。



この蟹満寺には不思議な伝説が残されています。

かつてこのあたりに慈悲深い父娘がいました。
ある日、娘は村人に食べられそうになっていた蟹をかわいそうだと逃がしてやりました。

また別の日、父は蛇に食べられそうな蛙を助けてやるために、
「蛙を逃がしてやれば、娘の婿にしてやろう」そう蛇に約束して、蛙を助けてやりました。

やがて本当に蛇が娘を貰い受けに現れて、父娘は困り果ててしまいます。
そこで娘が観音様に一心に祈ったところ、娘に助けられた無数の蟹が現れて蛇を退治したのでした…。




お堂の脇には蛇を退治する蟹の扁額がかけられています。
蛇を娘の婿にしてやろという父親の発言にも結構ビックリしてしまいますが(笑)、とても面白い伝説ですよね。

2.11.6

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常灯寺(千葉)・薬師如来御開帳 2011-01-25-Tue

全国屈指の漁港として知られる千葉県銚子市。
北は利根川、東と南は太平洋に面している、水の恵み豊かな土地です。

その銚子市にある常灯寺は、古くから常世田薬師と呼ばれて親しまれているお寺。
本尊の薬師如来は、年に一度、1月8日の午前中のみ開帳されるという秘仏です。



期待に胸膨らませて常灯寺へ。
境内は予想以上の参拝客で賑わっています。



収蔵庫には列ができていました。
緊張しながら順番を待つことしばし…。



中には金色に輝く見事な薬師様がいらっしゃいました。
像高140.8cm。ヒノキの寄木造で藤原末期から鎌倉初期の作と推定されています。



丸いお顔は優しげ。
ふっくらとした体躯を流麗な衣が覆っています。



薬師様のお顔をじっと見つめていると、本堂の方から音楽が聞こえてきました。
お堂に地元の中学生たちがずらりと並び、笛や太鼓などの和楽器を演奏しています。
この日が練習の成果を発揮する、最高の晴れ舞台なのでしょう。

一年に半日だけのご開帳の日、地元の方々がいっせいに集まってお祝いをします。
賑やかで楽しげで、私もお祭りに混ぜていただいたような、心が浮き立つ気分になりました。



ふと境内の隅を見ると岸壁に大きな穴が…。
中に入ってみると、石仏がずらりと並んでいます。



穴は驚くほど奥まで続いており、一番奥の部分に仏像が祀られていました。
かつてはここで勤行が行われていたのかもしれません。

そこから横へ折れてさらに先へ進んで行くと出口が見えてきました。
出てみると、そこは境内の外。
遠くからは賑やかな和楽器の音がまだ聞こえてきます。

幻想的な空間から日常へ戻ってきたような、不思議な感覚でした。

2011.1.8

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峰定寺(京都)・大悲山の秘仏(3) 2011-01-22-Sat

峰定寺の本堂は、岩壁の上にせり出して建つ懸造の建物でした。
秘仏の千手観音は、収蔵庫に安置されるまで、この本堂で祀られていたといいます。
靴を脱ぎ、廊下を一周すると、お堂の上からは周辺の景色が一望できました。

眼前に広がるのは、見渡す限り連なる山々。
所々に紅葉を見せています。
澄んだ空気を深く吸い込み、深呼吸をしました。
この雄大な自然の前に、ただただ圧倒されるばかり…。

さて下山して、次はその観音様にお会いしに行きます。



緊張しながら収蔵庫に足を踏み入れると…。

中央に端正な千手観音様がいらっしゃるのが見えました。
像高31.5cmで平安後期の作。
丸いお顔、切れ長の目と小さなお口が印象的で、素地仕上げの木肌に、端正な切金、色とりどりの瓔珞(装飾具)が美しく映えています。

そして何より印象的だったのは、しなやかで美しい脇手です。
それぞれには小さな小さな持物が握られていました。
繊細な指には動きがあり、さやさやと音を立てているのが聞こえてくるようでした。
先ほど大悲山の山中で聞いた、小川や木々の立てる心地よい音のように。

「そろそろお昼なので、一度扉を締めさせていただきますね」
お寺の方に声をかけられて我に返りました。
どれだけ時間が経っていたのでしょうか。
お礼を申し上げ、慌てて収蔵庫の外へ。



美しい大悲山の紅葉を眺めながら境内を歩いていると、まだ千手観音の脇手の奏でる音が聞こえてくるような気がしました。

2010.11.6

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峰定寺(京都)・大悲山の秘仏(2) 2011-01-20-Thu



大悲山峰定寺。
山号の大悲山は、寺が位置している山の地名にもなっています。
この「大悲」は、千手観音の別称「大悲観音」に由来しているそうです。
「大悲」は大いなる慈悲の心。
つまりこの名は、観音の大いなる慈悲の山、という意味を持っているのです。



木々の間を流れる清流。
優しげな光が差し込み、水面が輝いています。
大いなる慈悲の山と呼ぶにふさわしい、心が震えるほど美しい光景が広がっていました。



いよいよ寺務所で入山の手続きを行います。
注意事項をいくつか受けました。

・貴重品以外は全て預けなければならない。
・石段が急なため、寺の杖を使って登ること。
・途中にある梵鐘を3回撞いてから先に進むこと。
・本堂へ辿りついたら、履物を脱いで廊下だけを廻ること。

「いいですね」
そう念を押されたあと、貴重品を入れる紫の布袋を渡されました。



いよいよ入山。
緊張しながら仁王門をくぐります。

はるか彼方まで続く苔むした石段。
そこに広がる世界は静謐そのものでした。
都会の雑音とは程遠い、ささやかで心地よい音が聞こえてきます。

小川の水がさやさやと流れる音。
木々が風にゆらぐ音…。

ここ峰定寺は修験道の山岳寺院。
山を信仰し、自然に深い崇敬の念を抱いてきた、日本人の聖域なのです。
私も杖を握りしめ、杉林の間をただひたすら一歩一歩登って行きます。
石段は不揃いに並んでおり、注意して足を運ばないとバランスを崩してしまいそうでした。
やがて梵鐘のあるところへ辿り着いたため、寺務所で教えていただいた通り、3回ゆっくりと鐘を撞きました。
静寂の中で鐘の音が響きわたり、そしてその余韻が、木々の間にじんわりと染みこんでゆくようでした。

ふと前方を見上げると、堂々たる本堂が現れていました。

(つづく)

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峰定寺(京都)・大悲山の秘仏(1) 2011-01-18-Tue

数年前に仏像の本を眺めていた時、とても美しい観音様に出会いました。

京都市左京区・峰定寺の千手観音。
年に数日しか公開されないという、壇像様の秘仏です。
神秘的なお顔立ちと繊細な脇手が印象的で、一目見るなりその魅力に惹きつけられました。

しかしこの峰定寺は、京都中心部から車で1時間30分はかかる山中に位置しており、冬季は積雪のため閉門されるという、かなりの難所。
そのうえ観光目的や団体の参拝を禁止。貴重品以外は全て預けないと入山を許されない聖域であると聞きました。

されど憧れは時間とともに強くなり…。
今年の秋、ついに参拝を決意したのでした。

11月6日、京都駅をレンタカーで出発。
目指すは峰定寺。期待に胸が高まります。

渋滞の市街地をなんとか抜け出し、やがて山の中へ。
鞍馬あたりでほとんどの車と別れ、さらに奥へと進みました。



道はどんどん細くなり、車が行き交うことができないほどです。

一体どこまで山深いのだろう…?
不安になりかかった頃、突如として人家が見えました。



不思議な形をした屋根の家が並んでいます。
きっと冬の雪深さゆえ、このように傾斜が付いた屋根なのでしょう。

さらに進むことしばし。



道はより一層細く曲がりくねり…。



ついに峰定寺に辿りつきました。

(つづく)

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宝城坊(神奈川)・鉈彫りの薬師三尊 2011-01-17-Mon

今年の初詣は、日向薬師の名で親しまれいる宝城坊(伊勢原市)へ行ってきました。
その創建は平安時代まで遡り、鎌倉武士の深い崇拝を受けていたことが『吾妻鏡』に記されているという、関東屈指の古刹です。



宝城坊までは小田急線伊勢原駅からバスで20分ほど。
バスを降り、急な坂道を登ってお寺へ向かいました。



本堂でお参りをして収蔵庫へ。
お目当ては、年に数日しか公開されないという秘仏、本尊の薬師三尊です。

収蔵庫に足を踏み入れてみると、そこは数多くの尊像が立ち並ぶ濃密な仏像ワールド。
(お寺のHPに仏像の写真の一部が載っています)

まず目に飛びこんできたのは、入り口の左側にいらっしゃる丈六の阿弥陀如来。像高なんと275.7cm。藤原末期から鎌倉時代の作と推定されている優美な阿弥陀様です。
入り口を挟んで逆側には薬師如来。像高は215cm。引き締まったお顔立ちが印象的で、こちらも阿弥陀如来と同じ頃の作と推定されています。

そして中央の厨子の中に鉈彫りの薬師三尊がいらっしゃいました。
その周りを十二神将や四天王がお守りしています。

厨子に近づき中を覗き込みました。
像高は薬師如来が116.7cm。日光・月光菩薩はそれぞれ約123cm。
10世紀に造像されたこの薬師三尊は、全国でも特に古い鉈彫り像のひとつとされています。

薬師様は桂の一木造で、すっきりとした凛々しいお顔立ち。
お顔は比較的滑らかに仕上げられていますが、衣の部分にはノミの痕がはっきりと残されています。

その横には日光・月光菩薩。
高い宝冠を被っており、実に可愛らしいお姿です。

三尊ともに横縞の鉈彫りの目が美しく、衣文の線は明確に表現されていて、素朴な力強さを感じさせる像でした。



境内の隅に大きな木がありました。
幹の間がぱっくりと割れており、中には小さな仏様がいらっしゃいます。
自然に仏像が溶け込んだような、不思議な感覚を受けました。

2011.1.3

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若狭国分寺(福井)・若狭大仏 2011-01-14-Fri

天平時代、聖武天皇が各国に建立を命じた国分寺。
多くは廃寺となりましたが、いくつかの寺院は宗派や形態を変えながら存続してきました。
小浜市にある若狭国分寺もそのうちの一つです。



拝観のお願いをして、まずは釈迦堂へ。



「わあっ!」
中にいらっしゃったのは、圧倒されるほど大きなお釈迦様。
像高なんと318cm。面長のお顔が印象的です。
体躯は鎌倉時代の作ですが、頭部は江戸時代の後補とのこと。
福井県最大であるこのお釈迦様は、「若狭大仏」と呼ばれ、篤い信仰を集めてきました。



となりの薬師堂には、重要文化財の薬師様がいらっしゃいました。



像高79.7cm。鎌倉時代の寄木造です。
とても洗練された作風で、中央仏師の作と推定されています。



境内の近くには塔の史跡が残されていました。
天平時代、多くのお堂が建ち並ぶ大伽藍だったのでしょう。



小浜を離れる前に、夕暮れの小浜漁港へ。
かつてはここで水揚げされた海産物が京へ運ばれ、小浜は鯖街道の起点として栄えました。

そうそう、漁港の近くで有名人に会いましたよ。



小浜と言えばやっぱりこの人(笑)。
念願の対面に感動♪

2010.11.5

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若狭神宮寺(福井)・神仏習合の寺 2011-01-11-Tue

小浜市の若狭神宮寺は、奈良時代に若狭国一の宮の神宮寺として建立されたと伝えられている古刹です。
(※神宮寺とは神仏習合思想に基づき、神社に附属して建てられたお寺のこと)



重要文化財の本堂にはしめ縄がかけられており、いかにも神仏習合のお寺らしい、独特の雰囲気が漂っていました。

お堂の中に入るなり、思わず絶句。
そこには想像を超える摩訶不思議な世界が広がっていたのです。

内陣は大きく3つに区切られており、左側に千手観音、中央には薬師如来や十二神将などが祀られていました。
…と、ここまでは普通のお寺とほぼ同じ。
何より珍しいのが、右側に神々の神号を書いた掛軸が掛けられており、その前に狛犬(?)らしき像が置かれていたという点です。

仏様の横に神様。
現代の私たちは、どこか不思議な印象を受けます。
けれどもお寺や神社が明確に分けられるようになったのは、明治時代に神仏分離が行われて以降のことなのです。
かつては日本のあちこちで、若狭神宮寺のような光景を目にすることができたのかもしれません。



さて、この若狭神宮寺を特に有名にしているのが「お水送り」の行事。

有名な東大寺二月堂の行事に「お水取り」があります。
3月12日(もとは陰暦2月12日)の深夜から明け方にかけて、堂前の若狭井から香水をくみ、本堂内陣に運ぶ儀式のことです。

これに先立つ3月2日、この若狭神宮寺で、二月堂に水を送る「お水送り」が行われています。
境内の井戸から香水を汲み、遠敷川の鵜の瀬という場所で流します。
そしてその香水は十日間かけて流れてゆき、東大寺の若狭井で湧き出すとされているのです。



こちらがその香水を汲む井戸。

昔々、東大寺二月堂を建立した実忠和尚が全国の神を招いたところ、若狭の遠敷明神は、漁で忙しかったために遅刻してしまいました。
遠敷明神はそのお詫びとして、二月堂の本尊である十一面観音に、お供えの香水を送ることを約束したといいます。

何百年も続く伝統的な行事には不思議な言い伝えがあったのですね。

2010.11.5

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多田寺(福井)・若狭の古仏 2011-01-08-Sat



妙楽寺を出発し、同じ小浜市内にある多田寺へ。
若狭屈指の古仏が祀られていることで知られているお寺です。



拝観のお願いをしてお堂に入れていただきました。



本尊の薬師様は像高192.5cmで平安前期の作。
いかにも一木造らしい重厚な体躯で、非常に面長なのが印象的です。
手には薬壺を持っていません。
この薬師様は眼病に効験あらたかとされ、「多田の薬師」と呼ばれて親しまれているそうです。



その両脇には日光・月光菩薩が祀られていました。
特に日光菩薩と呼ばれている十一面観音の方は、本尊よりも造像年代がさかのぼり、若狭で最も古い仏像のひとつだとされています。

「観音様のお顔は護摩の煙で真っ黒でしょ。見てがっかりする人がいるんですよ」
お堂を開けてくださったお寺の女性が残念そうにおっしゃいました。

「たくさん信仰されてきた証ですよね。私はとてもありがたいと思います」
そう申し上げると、嬉しそうなお顔をなさって、色々なお話をしてくださいました。
このお寺の歴史、奥さまがこのお寺に来て仏様をお守りするようになった経緯…。

これまでに沢山のお寺を巡り、仏像とそれを守っている方々にお会いしてきました。
その方々とお話をさせていただくのも、見仏旅行の楽しみの一つです。
仏像をめぐる、長くて豊かな歴史や物語に、私も触れることができた気がするのです。



この多田寺の近くでも、清らかな小川が流れていました。

2010.11.5

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妙楽寺(福井)・千の手を持つ観音 2011-01-05-Wed



明通寺参拝の後、同じ小浜市の妙楽寺を訪れました。



本堂は鎌倉時代の建物で、若狭における最古の建築物のひとつとされています。
お堂に足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑みました。



中にいらっしゃったのは金色に輝く見事な千手観音様。
かつては秘仏であり、33年に一度のみ開帳されていたそうです。
千手観音の手は省略して造られることが多いのですが、こちらの観音様には、実際に千近くの手があります。
脇手は直角に曲げられてびっちりとついており、圧倒的な迫力を放っていました。

珍しいのはこれだけでなく、この尊像には24ものお顔がついているのです。
像高176.3cm。10〜11世紀の作と推定されています。



近くのお堂にはお地蔵様が祀られていました。
その後ろには小さなお地蔵様が隙間なく並べられており、長い間篤い信仰を集めてきたことが窺えます。




この日巡った小浜のあちこちで小川を目にしました。
水の豊かな土地なのでしょう。

かつて鯖街道の起点となり、港町として栄えた小浜。
その一方で長閑な田園風景も広がっており、ここがいかに自然の恵みにあふれた地であるかが実感できました。

2010.11.5

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2011年見仏計画 2011-01-02-Sun

あけましておめでとうございます。

目指すは今年も見仏の年!
どうぞよろしくお願いします

今年の目標としては
?春の九州見仏
?夏の東北見仏
?秋の関西見仏

を三大柱(お金さえ都合が付けばもっと行っちゃうかも?)に、近場をちょくちょく絡めながら日本各地を駆け巡りたいと思っています。

それから1月から横浜の金沢文庫で開催される運慶展も見逃せません。
(運慶展HPはコチラ)
最近は仏像展が増えているので、まだまだ魅力的な特別展が開かれる可能性大。
期待が高まります。

どんな仏様にお会いできるのか、いまからドキドキ
ブログも地道にアップして行きますので、よろしければお付き合いくださいませ♪


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