浮嶽神社(福岡)・霊峰の薬師如来

福岡県と佐賀県との県境に位置する浮嶽山。
山頂には浮嶽神社の上宮が鎮座し、古より霊峰として篤い信仰を集めてきました。

その浮嶽神社の神宮寺として繁栄を極めていたのが久安寺です。
後に神仏分離で廃寺となり、伽藍の多くは破壊されてしまいましたが、その仏像群が今も浮嶽神社に残されています。



雨の降りしきる中、浮嶽山へ。
山頂には靄がかかっており、車を走らせるにつれ、これから霊峰の中へ入ってゆくのだという厳かな気持ちになりました。





早朝の浮嶽神社の空気は澄み渡り、身が引き締まるようです。



かつての久安寺の仏像群は、こちらの収蔵庫に安置されていました。
拝観のお願いをして、重厚な鉄の扉が開けられると…。



中には見事な尊像が並んでいました。



如来立像です。
像高179.4cmで、平安前期の作。
腕の先が失われているため尊名は不明ですが、お姿を拝するなり、薬師如来ではないかと感じました。
一本の霊木の生命が像から溢れ出ているような、圧倒的な存在感が漂っています。



尊像の多くは神秘的なお顔立ちをなさっており、その雰囲気はどことなく神像を思わせました。
山自体が信仰の対象であったという浮嶽山。
この御仏たちは、雄大な浮嶽山の化身そのものなのかもしれません。

2011.5.29
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北陸へ行ってきました!

9月19日〜21日の三日間で、北陸のお寺巡りをしてきました。
ほぼ全行程で台風の影響を受けてしまいハプニング続出でしたが(涙)、個性的で美しい北陸の御仏たちとの出会いは、とても感動的でした。
参拝したお寺+αは次の通りです。

9月19日(富山)
高岡大仏→瑞龍寺→常楽寺→東薬寺→日石寺

9月20日(石川・福井)
ハニベ巌窟院→温泉寺→那谷寺→福通寺→日吉神社→八坂神社

9月21日(石川)
龍護寺→正覚院→気多大社→豊財院

まだ九州旅行の記事さえ終わっておらず(汗)、ご紹介できるのは当分先になってしまいそうですが、必ずアップしますので、よろしければお付き合いくださいね♪

北陸へ行ってきます♪

明日から北陸へお寺巡りに行ってきます。
今からワクワク・ドキドキ
胸の高鳴りが抑えられそうにありません(笑)

ということで、1週間ほどブログをお休みさせていただきます。
参拝するお寺があまりに多く、ブログが全く追いついていませんが(汗)、地道にアップする予定ですので、よろしければお付き合いくださいね♪

それでは行ってきま〜す

東妙寺(佐賀)・慶派の釈迦如来

佐賀県神埼郡の吉野ヶ里町は、1986年に弥生時代の環濠集落跡である吉野ヶ里遺跡が発見され、全国的に一躍有名になった町です。



その吉野ヶ里遺跡のすぐ近くにある、東妙寺を参拝してきました。
かつては天皇家の勅願寺であり、一帯に広大な寺領を持っていたという、格式高き古刹です。



本尊は慶派仏師の作と伝わるお釈迦様。
流麗な衣が引き締まった体躯を軽やかに覆っており、実にバランスの良いお姿をなさっています。



お堂の奥には沢山の仏様がいらっしゃいましたが、中でも一番私の心を惹きつけたのが…。



こちらの可愛らしい聖観音様です。
像高108cmで、9世紀末頃の作。
いかにも一木造らしい重厚感ある体つきに対し、指先は意外なほど繊細で、思わず見惚れてしまいました。
全身真っ黒なお姿は、長い間この観音様が篤い信仰を受け、護摩の煙で燻され続けてきたということを実感させてくれます。

こうやって沢山の人々の想いを受けながら、何百年もの間、仏像は守られてきたのでしょうね。

211.5.28

永興寺(大分)・水のまちの観音像

大分自動車道をさらに進み、日田市へ向かいました。



日田は周囲を山に囲まれた盆地であり、多くの河川が流れ込んで水郷を形成している、水の恵み豊かな土地。
かつてこのあたりには、日田大蔵氏の居城、鷹城があったそうです。
日田郡司職に代々就いた日田大蔵氏は、11世紀末から室町期までの約360年間にわたり、日田の支配者として君臨した土豪でした。



永興寺は、その日田大蔵氏の氏寺であったと伝えられる古刹です。



仏像はこちらの収蔵庫に安置されていました。



中央には十一面観音、その周りを四天王が取り囲んでいます。
四天王は慶派仏師の銘が残されているそうです。



本尊の十一面観音は像高91.6cmで、鎌倉時代の作。
ほっそりとした体躯に端正なお顔。
目には玉眼をはめており、凛とした美しさを持つ観音様です。



収蔵庫内には他にも藤原時代の毘沙門天や兜跋毘沙門天など、計8体の仏像が安置されており、御仏たちの濃密な空間が広がっていました。
拝観の後、周辺を歩いていると…。



水郷の街にふさわしい、清らかな光景を見つけました。

2011.5.28

瑞巌寺磨崖仏(大分)・焼け残った不動明王

大分市内から大分自動車道を通って日田方面へ。
途中の九重ICで降り、九重町にある瑞巌寺磨崖仏を参拝しました。



雨が降りしきり、遠くの山々が靄でかすんで見えます。





磨崖仏の周りは屋根で覆われており、綺麗な花が飾られていました。
今も大切に守られているのですね。



岩壁には不動明王を中心に、二童子、増長天、多聞天が彫られています。
制作年代は鎌倉時代とも室町時代とも推定されていますが、はっきりしたことはわかっていません。



瑞巌寺は六郷満山を開基した仁聞の創建と伝えられており、後に龍門寺の末寺の一つとなりました。
ところが天正年間の戦により伽藍はことごとく焼失。その結果、廃寺となってしまったのです。
今は岩壁に彫られた御仏たちのみが残され、往時の繁栄ぶりを伝えてくれます。



お堂にいるうちに雨は激しさを増し、しばらくの間、堂内から外の風景を眺めていました。

2011.5.28

大山寺(大分)・最古の普賢延命菩薩



金剛宝戒寺を出発し、同じ大分市内にある大山寺へ。



こちらのお寺には平安時代の普賢菩薩坐像が安置されているということで、拝観のお願いをして収蔵庫に入れていただきました。



像高87.7cmで10世紀頃の作。
かつては豊後国一宮である柞原八幡宮境内普賢堂の本尊でしたが、明治時代の神仏分離の際、この大山寺で祀られるようになりました。



正式な尊名を普賢延命菩薩といい、除災、長寿などを祈念する修法「普賢延命法」の本尊として信仰されているそうです。
普賢延命菩薩の造像例は少なく、この大山寺の尊像は、日本で最古の彫像だと考えられています。



そして何より印象的なのが台座の白い象。
仲良く並んでいて、とってもラブリー♪
実物を見たことがなかった仏師が、これほどまでに精緻な象を造ったことにとても驚きます。
昔の人々はこの象を見て、さぞかし驚嘆したことでしょうね。

2011.5.29

金剛宝戒寺(大分)・丈六の大日如来

大分県大分市は、古くから豊後国の中心として栄え、中世には大友氏の城下町として発展した町です。



その大分市にある金剛宝戒寺を参拝してきました。



こちらの大日堂には、九州最大クラスの大きさを誇る大日如来坐像が安置されています。



像高なんと303.8cm。
珍しい胎蔵界の大日様です。
1318年に大仏師・康俊によって造られました。



若々しく張りのある体躯、意思の強そうなお顔。
首が痛くなるほど見上げながら、その堂々としたお姿をしばし拝していました。
これだけの尊像がいらっしゃるということは、かつては壮大な大伽藍が広がっていたのでしょうね。

2011.5.28