金剛輪寺 ・ お地蔵様の坂道 / 湖東編(2)

西明寺を参拝した後、湖東三山のちょうど真ん中に位置する、金剛輪寺を訪ねました。

金剛輪寺(愛荘町)


天平13年(741年)聖武天皇の勅願により行基が創建し、平安前期に円仁が天台の道場として再興したと伝えられる古刹です。
往時は繁栄を極め大伽藍が広がっていましたが、他の湖東三山のお寺と同じく、信長の兵火によって堂宇の多くを焼失しました。



本堂へと続く長い長い坂道。
道の両脇には千体地蔵と呼ばれるお地蔵様が隙間なく並んでいます。
一体一体に風車がお供えしてあり、まるで鮮やかな花が並んで咲いているかのようでした。



お地蔵様のよだれかけは信徒の方の寄進で、年に3回かけられているのだそう。
お地蔵様もきっと喜んでいらっしゃるでしょうね。



お地蔵様の坂道は、まだまだ奥深くへ…。



目の前に果てしなく続く幻想的な光景。
異世界へと入り込んで行くかのようです。

【二天門】
 (室町時代末期。重文)

ふと前を見上げると、二天門が建っていました。

【本堂】
 (1288年築。国宝)

金剛輪寺は信長によって多くの堂宇を焼失しましたが、本堂はその兵火をくぐり抜けた数少ない建物で、国宝に指定されています。
本尊は秘仏の聖観音。
厨子を挟んで四天王や二体の阿弥陀如来などが並び、本堂内部には荘厳な世界が広がっていました。

かつて大伽藍が建ち並んでいた金剛輪寺には貴重な寺宝が残されており、本堂の裏にも仏像が何体か安置されています。
中でも私が特に惹きつけられたのは、平安期の十一面観音立像です。
(⇒愛荘町のHPに写真が載っています)
像高171.5cmで檜の一木造。
体躯はふっくらとしていて、素地仕上げの木肌は、絹のように滑らかな美しさを感じさせます。
その愛くるしいお姿に魅了され、しばし時間を忘れて坐り込み、観音様を拝していました。

参拝を終え、今度は長い長い下り坂。
思いがけないところで素晴らしい美仏にお会いした喜びに浸りながら、坂道を歩いて行きました。

*金剛輪寺
   (住所)滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺874
   (HP)http://kongourinji.jp/


*滋賀県観光情報ホームページ*
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西明寺 ・ 清凉寺式の釈迦如来 / 湖東編(1)

琵琶湖の東側、鈴鹿山脈の山裾に沿って、湖東三山と呼ばれる古刹があります。
これは西明寺、金剛輪寺、百済寺の三寺を指し、いずれも天台の寺として隆盛を極めていましたが、織田信長の焼き討ちに遭うなど幾度も荒廃、その後復興を遂げてきました。

湖東の旅、まずは湖東三山の最も北側に位置する西明寺からスタートです。

西明寺(甲良町)


836年に仁明天皇の勅願により、三修上人が創建したと伝わる古刹です。
鎌倉時代に最盛期を迎えましたが、信長の兵火により、本堂・三重塔を残して伽藍の多くは焼失、江戸時代に復興されました。



こちらは蓬莱庭と呼ばれる池泉鑑賞式の庭園。
名勝に指定されています。



広大な境内の奥へと続く石段を一歩一歩上って行きます。
しっとりと雨に濡れる苔の緑が美しく、何度も立ち止まっては見惚れていました。



「この苔は西明寺が好きです。大事にしましょう」
何だか温かい気持ちになりますね。



清らかな小川を眺めながら、さらに石段を上ります。

【二天門】
 (室町時代。重文)

やがて二天門が見えてきました。

【本堂】

(鎌倉時代。国宝)

国宝の本堂です。
本尊は秘仏の薬師如来。厨子の周りを十二神将が取り囲んでいます。
本堂の後陣には、重要文化財の不動明王及び二童子釈迦如来など、貴重な仏像が数多く安置されていました。

釈迦如来は一般的に清凉寺式釈迦如来像と呼ばれる像で、これは京都市右京区嵯峨の清凉寺の本尊である釈迦如来を模刻したものです。
この清凉寺式釈迦如来像は、縄目状の頭髪や同心円状の衣文の形式などが特徴で、日本各地で模刻が造られました。
全国で100体近くあるとも言われており、この仏様に対する人気の高さがよくわかります。
西明寺のお釈迦様は中でも特に端正な彫りで、木目が美しい美仏でした。



西明寺を出発した後、道すがらコスモスを見つけました。
いかにも秋らしい、心ときめく光景です

*西明寺
   (住所)滋賀県犬上郡甲良町大字池寺26
   (HP)http://www.saimyouji.com/


*滋賀県観光情報ホームページ*

MIHO MUSEUM ・ 神仏います近江〜天台仏教への道〜 / 湖南編(6)

2日目最後の目的地は、甲賀市のMIHO MUSEUMです。
このMIHO MUSEUMは三館連携の特別展「神仏います近江」の信楽会場で、他の大津会場瀬田会場と巡ったあと、私はこちらの会場を最後に訪れました。(⇒三館連携の特別展HPはコチラ)

MIHO MUSEUM(甲賀市)


この信楽会場では「神仏います展近江 天台仏教への道〜永遠の釈迦を求めて〜」というテーマのもと、近江伝来の仏像・仏画・神像などが中心に展示され、最澄、円仁、円珍らによる天台仏教確立の道のりを辿ることができます。



中でも私が一番惹きつけられたのは、善勝寺の千手観音立像です(⇒公式HPにお顔の写真が載っています)
千手観音としては珍しい三面の像で、平安時代の作。
何百もの脇手がびっちりと隙間なく付いているという異形の姿でありながら、お顔は限りなく優しげで、繊細な美しさをたたえている観音様です。
そのお姿を拝していると心がスッと吸いこまれてゆくようで、しばしその場に立ち尽くしていました。

会場では他にも貴重な仏像や仏画が展示されており、善水寺の僧形文殊菩薩像など、個性的な仏様が多くいらっしゃったのが印象的でした。
様々な仏像を拝し、この地の仏教文化の奥深さを体感できたように思います。
※会期中に展示替がありますのでご注意ください(⇒MIHO MUSEUMのHPはコチラ)

*MIHO MUSEUM
   (住所)滋賀県甲賀市信楽町田代桃谷300
   (HP)http://www.miho.or.jp/japanese/index.htm



さてこの日の旅程を全て終え、ゴールの草津へ。
ここでレンタカーを返し、ひと休みしました。

クラブハリエFruit Box(近鉄百貨店草津店内)


「クラブハリエ」は、滋賀県に本店をもつ和菓子店「たねや」が展開しているバームクーヘン店。



近鉄百貨店草津店1階にあるクラブハリエFruit Boxでは、バームクーヘンを店舗で買うことが出来るほか、隣接するカフェでオリジナルのケーキをいただくことができます。
クラブハリエのバームクーヘンが大好きな私が、是非とも行ってみたかったお店です。



ここで美味しいケーキとコーヒーをいただきながら、この日の旅の思い出を振り返りました。
もちろんお土産はバームクーヘン
しっとりとして上品なお味でした

*クラブハリエFruit Box(近鉄百貨店草津店内)
   (住所) 滋賀県草津市渋川1-1-50 近鉄百貨店 1F
   (HP)http://clubharie.jp/index.html


なおブログでご紹介したなかで、2011年10月〜11月にかけて紅葉ライトアップが行われるお寺がありますので、併せてご紹介いたします。⇒滋賀県内の紅葉ライトアップ情報

滋賀旅行の3日目は、個人的に湖東地方のお寺を巡りました。
次回からは、その旅行記を書きたいと思います。
よろしければお付き合いくださいね♪

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常楽寺 ・ 鎌倉期の二十八部衆 / 湖南編(5)

善水寺、長寿寺のあと、湖南三山最後の一つである常楽寺を参拝しました。

常楽寺(湖南市)
【本堂】

(南北朝時代。国宝)

常楽寺は、和同年間に元明天皇の勅命により良弁が開創したと伝わる古刹で、東寺(長寿寺)とともに西寺と呼ばれ、紫香楽宮の鬼門鎮護にあたっていました。
その後火災により堂宇は焼失、現在の本堂は南北朝時代の建物で、国宝に指定されています。

そして本尊の千手観音(秘仏)を守る二十八部衆(重文)は、その火災をくぐり抜けた貴重な鎌倉期の仏像として、再建された本堂に今も安置されています。
二十八部衆の像高はそれぞれ76.6cm〜100.5cmほど。
いかにも鎌倉仏らしい躍動感に満ち溢れており、ずらりとお堂に並ぶ姿はまさに圧巻です。
火災の際に僧侶たちによって持ち出され、難を逃れたというこの仏様たちに、歴史の重みを感じました。

【三重塔】
 (室町時代。国宝)

こちらは国宝の三重塔。



境内を歩いていると小さな薬師堂を見つけました。
中を覗いてみると…。



可愛らしい薬師様がいらっしゃいました。
実はこの薬師様、甲賀市信楽町の伝統陶磁器である、信楽焼で造られているのです。
お寺の方のお話によると、かつてこの薬師堂には別の薬師如来が祀られていましたが、盗難に遭い、厨子の中は空っぽになっていました。
その状況を知った参拝者のお一人が、信楽焼でこの薬師如来をお造りし、お堂に安置したのだそうです。
素朴なお姿の薬師様、温かい気持ちになれますね。

*常楽寺
   (住所)滋賀県湖南市西寺6−5−1
   (HP)http://www.eonet.ne.jp/~jo-rakuji/


そしてこの日最後の目的地、MIHO MUSEUMのある信楽の地へ。
うねうねと曲がる山間の道をレンタカーで走ることしばし…。



美しい棚田が見えてきました。
稲刈りは既に終わっており、綺麗に刈り込まれた田んぼが、山の斜面にゆるやかに並んでいます。
車を停めて長閑な田園風景を眺めていると、善水寺でお話を伺った、胎内に稲籾が入っている仏様のことが胸に浮かんで来たのでした。(⇒善水寺の記事はコチラ)

五穀豊穣への願いを込め、仏像の胎内に稲籾を入れた近江の人々。
雄大な大自然は豊かな恵みを与えてくれる存在であると同時に、時に凶作や飢饉をもたらし、人の命まで奪います。
自然への畏怖、そして仏像に込められた願い。
この美しい風景を見ていると、古の人々の想いが、ふっと間近に感じられたような気がしました。

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長寿寺 (東寺)・ 丈六の阿弥陀如来 / 湖南編(4)

お昼ご飯を食べ、再び湖南市へ。
湖南三山の一つに数えられる、長寿寺へ向かいました。

長寿寺(湖南市)


聖武天皇の勅命を受けて良弁が建立した古刹で、聖武天皇の皇女の長寿を願い、長寿寺と名づけられと伝えられています。別名・東寺と呼ばれており、紫香楽遷宮の際、西寺と呼ばれる常楽寺とともに、鬼門鎮護の役割を担いました。
一時は七堂伽藍を備える大寺院でしたが、現在は本堂と弁天堂のみが残されています。

【本堂】

(平安末期〜鎌倉時代。国宝)

8世紀の紫香楽宮や石山寺の造営に伴って、平城京から甲賀へ移住させられた工匠の中には、当地へ住みついた者も多く、彼らの子孫は総称して甲賀杣大工と呼ばれていました。
甲賀大工は近江の多くの建築を手掛けており、現在もその幾つかを目にすることができます。
それが湖南三山と呼ばれる善水寺、常楽寺、そしてこの長寿寺の本堂で、いずれもが国宝に指定されている名建築です。

本堂に祀られている本尊の地蔵菩薩は秘仏で、ご開帳はなんと50年に1度のみとのこと。
脇には阿弥陀如来と釈迦如来が安置されており、藤原時代の優美な仏様でした。

【弁天堂】

(室町時代。重文)
こちらの建物は、水面に映る姿が美しい弁天堂です。



この長寿寺には丈六の阿弥陀如来坐像が伝えられており、こちらの収蔵庫に安置されています。
丈六仏とは像高が1丈6尺(約4.85メートル)ある仏像のこと(坐像の場合はその半分の8尺)で、これはお釈迦様の身長が1丈6尺あったとされていることに由来しています。
仏の偉大さをその大きさに表したのでしょうね。

ドキドキしながら収蔵庫を覗いてみると、中には見事な阿弥陀如来がいらっしゃいました。
寄木造で像高285.5cm。藤原時代の作です。
丸いお顔に切れ長の大きな目が印象的な阿弥陀様。
むっちりしたお体は堂々としていて、私たちを優しく見守っていてくださるようでした。

*長寿寺
   (住所)滋賀県湖南市東寺5−1−11


さあ、次は長寿寺と並び称された常楽寺へ向かいます。

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善水寺 ・ 五穀豊穣の仏 / 湖南編(3)

櫟野寺を出発し、湖南市の善水寺へ。
常楽寺、長寿寺とともに湖南三山のひとつに数えられる、湖南屈指の古刹です。

善水寺(湖南市)
【本堂】

(1366年築。国宝)

京の都で桓武天皇が病気の際、最澄がこの寺の池の水を薬師如来の仏前で祈祷し献上したところ、天皇の病はたちまち平癒した、その縁で「善水寺」の寺号を賜ったと伝えられています。



こちらがその伝説が残る百伝池。
現在は弁天堂が建てられています。

ご本尊の薬師如来は秘仏で、調査の際、胎内に稲籾が入っていることが見つかったそうです。
これは五穀豊穣を祈願するためだと考えられており、同じような稲籾が、帝釈天や梵天、四天王の胎内からも確認されました。
稲籾を通して、昔の人々の想いが伝わってくるようですね。
秘仏であるご本尊以外の帝釈天、梵天、四天王は、本堂内で拝することができます。
いずれもヒノキの一木造で、藤原仏らしい優美さを持った仏様たちです。
(⇒お寺のHPに写真が載っています)



10月中旬のこの日、境内では始まりかけた紅葉を目にすることができました。
見頃の時期は、さぞかし美しいことでしょう。



*善水寺
   (住所)滋賀県湖南市岩根3518
   (HP)http://www.zensuiji.jp/index.html


さてお昼時になってきたので、再び甲賀市へ向かいました。

谷野食堂(甲賀市)


甲賀のことを調べているうちに、偶然知ったこのお店。
何でも甲賀名物「スヤキ」なるものが食べられるそうです。
気になって食べに行ってみました。

街の食堂屋さんといった感じのアットホームな店内に入り、早速「スヤキ」(並)を注文。
なんとお値段280円
超リーズナブルな価格です。



こちらがその「スヤキ」
焼きそばの麺にモヤシ、ネギが入っていて、こんがりと焼かれています。
ああ、「スヤキ」って「素焼き」のことだったのね!と改めて実感。

味付けはされておらず、店の方に説明していただいた通り、自分でソースと胡椒を混ぜて食べてみると…。
あらっ??コクがあって美味しい
どうやら油ではなくラードで焼いているので、このコクが生まれているようです。
でも意外としつこくはなく、麺はパリパリとしていて、食感も楽しめます。

この「スヤキ」、テレビでも紹介されたことがある甲賀の名物なのだそう。
湖南を旅する際は、皆様も是非

*谷野食堂
   (住所) 滋賀県甲賀市水口町城内8-12


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櫟野寺 ・ いちいの観音 / 湖南編(2)

近江旅行の2日目は、甲賀を中心とした湖南地方のお寺や博物館をレンタカーで巡りました。
まず最初に参拝したのは甲賀市の櫟野寺(らくやじ)です。

櫟野寺(甲賀市)


櫟野寺の創建は、最澄が櫟(くぬぎ)の十一面観音像をこの地に安置したのが始まりであるとされ、後に坂上田村麻呂が七堂伽藍を建立し、相撲を奉納したと伝えられています。



奉納相撲は現在も行われており、境内には立派な土俵がありました。



櫟野寺は湖南屈指の仏像群が安置されていることで有名なお寺です。
お寺の方にお願いをして、仏様を拝観させていただきました。



まず正面に、閉ざされた大きな厨子があるのが目に入りました。
こちらには本尊の十一面観音像が祀られていますが、秘仏のため、決められた日のみ開帳されています。
身の丈なんと312cm。日本最大の坐仏観音像だそうです。
この観音様は「いちいの観音」と呼ばれ、古くから篤い信仰を集めてきました。
(⇒お寺のHPに写真が載っています)

残念ながらこの日ご本尊は開帳されていなかったものの、坂上田村麻呂等身大とされる毘沙門天、鉈彫りの吉祥天など、櫟野寺に伝わる個性的な仏様にお会いすることができました。
これらの仏様たちは、元々櫟野寺に沢山あった末寺で祀られていましたが、廃寺となった際、櫟野寺に安置されるようになったそうです。
しかもその多くが平安時代の作であり、この地の仏教文化の水準の高さを実感させてくれる素晴らしい像ばかりでした。



*櫟野寺
   (住所)滋賀県甲賀市甲賀町櫟野
   (HP)http://www.rakuyaji.jp/


ところで甲賀と言えば、皆様は何を連想なさるでしょうか?
そう、やはり忍者ですよね♪



甲賀の街のマンホールは忍者のデザインでした。
とってもユニークです。

そして街でよく見かける「飛び出し注意」の男の子は…。

 一般的な「飛び出し注意」

 甲賀の「飛び出し注意」

甲賀ではやはり忍者でした(笑)
こうしたところにも注目してみると、街歩きが楽しくなりますね

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滋賀県立近代美術館 ・ 神仏います近江〜祈りの国、近江の仏像〜 / 大津編(5)

この日最後の目的地、大津市瀬田の滋賀県立近代美術館へ。

滋賀県立近代美術館(大津市)


こちらの美術館で9月17日(土)〜11月20日(日)まで行われている、「神仏います近江・祈りの国、近江の仏像〜古代から中世へ〜」の展示を見に行ってきました。
(⇒三館連携特別展のHPはコチラ)
この瀬田会場では、古代から中世にかけての近江の仏像が展示されており、近江の仏教美術の変遷を見ることができます。

展示会場にずらりと並ぶ、たくさんの魅力的な近江の仏様たち。
中でも特に私の心を惹きつけたのが、こちらの観音様です。
(※今回は特別に許可をいただいて写真を撮っています)

【十一面観音立像】
 
(正福寺[湖南市]。像高215cm。10世紀。重文)

少し張った頬が力強く、お顔立ちは凛としていて、気品に満ち溢れています。
元々の彩色は取れてしまったのでしょうか、いかにも一木造らしい堂々とした体躯は、きめ細かい木目が綺麗に出ていて、木彫仏の美しさを存分に感じさせてくれました。

また瀬田会場では、沢山の地蔵菩薩像が展示されていたのが印象的でした。
路傍の石仏でよく見かけるお地蔵様は、おそらく日本で一番多く造られている仏像ではないかと思います。
地獄における救済の仏として信仰されているため、古くから絶大な人気を集めてきました。

【地蔵菩薩立像】
 (永昌寺[甲賀市]。像高154.9cm。10世紀。重文)

【地蔵菩薩坐像】
 (櫟野寺[甲賀市]。像高110.8cm。12世紀。重文)

【地蔵菩薩坐像】
 (金勝寺[栗東市]。像高84.2cm。12世紀。重文)

【地蔵菩薩半跏像】
 (正福寺[湖南市]。像高86.5cm。13世紀。重文)

どのお地蔵様もそれぞれ本当に個性的ですよね。

石山寺や園城寺などの大寺院から、集落で守られているお堂まで、琵琶湖のほとりには沢山のお寺やお堂があり、そこでは大切に仏像が祀られています。
私も滋賀のお寺を巡っていて、小さな集落で息をのむほど美しい仏様にお会いしたりすると、近江の仏教文化の奥深さをいつも実感します。

この特別展の魅力は、そうした地元で愛され続ける近江の仏像の素晴らしさを、再認識できるところにあるのではないでしょうか。

*滋賀県立近代美術館
   (住所)滋賀県大津市瀬田南大萱町1740-1
   (HP)http://www.shiga-kinbi.jp/


*滋賀県観光情報ホームページ*

石山寺 ・ 多宝塔修復事業 / 大津編(4)

園城寺を参拝した後、同じく大津屈指の古刹である石山寺へ向かいました。

石山寺(大津市)
【東大門】
 
(1190年築。重文)

石山寺の創建は、東大寺大仏建立のための黄金不足を愁えた聖武天皇が、良弁僧正に命じてこの地に如意輪観観音をお祀りしたことにはじまると伝えられています。
それ以降、石山寺は観音霊場として篤い信仰を集め、紫式部がこのお寺で『源氏物語』の執筆を始めたという伝説もあるそうです。

 

東大門には勇壮な仁王様がいらっしゃいました。

【本堂】
 (1096年築。国宝)

石山寺という名にふさわしく、国宝に指定されている本堂は、巨大な岩の上に懸造の技法で建てられています。
ご本尊の如意輪観音は33年に一度開帳されるという秘仏で、像高はなんと293.9cm。
如意輪観音は通常6本の腕を持っていることが多いのですが、こちらのご本尊は右手に蓮華を持つ、二臂(2本の腕)のお姿をなさっています。

2年ほど前に行われた西国三十三所の特別開帳でお姿を拝した時、あまりの存在感に圧倒され、その場にしばらく立ち尽くしていたことが忘れられません。
如意輪様は実に堂々とした、重厚感のあるお体をなさっていて、左足を踏み下げて岩盤の上に直接坐る姿がとても印象的でした。
待望の次の御開帳は2016年とのこと。
是非ともまたお会いしに行きたいものです。

紫式部が『源氏物語』の着想を得たとされる石山寺の本堂には、「紫式部の間」があります。



中を覗くと紫式部さんがいらっしゃいました。



こちらは大津市観光振興キャラクターのマスコット「おおつ光ル」くん。
とってもラブリーです♪

【多宝塔】
 (1194年築。国宝)

現在石山寺では、幾つかの建物で修復事業が行われていて、今回は多宝塔の修復を見学させていただきました。



多宝塔の屋根は檜皮葺(檜の皮で屋根を葺く方法)を用いて葺かれており、職人さんが竹釘を使って丹念に屋根を葺きかえていらっしゃいました。
なんと一坪あたり2,400〜3,000本もの竹釘を使うのだそう。
気が遠くなるような作業ですよね。
この塔は源頼朝による寄進と伝えられ、年代の明らかなものとしては日本最古の多宝塔だそうです。



参拝の後は門前のお土産屋さんへ。



ここで近江名物「赤こんにゃく」をゲットしました。
その名の通り真っ赤に染め上げられたこんにゃくで、なんと400年近い伝統を持っている伝統食なのです。
しっかりダシが染み込んでいて、とっても美味でした

*石山寺
   (住所)滋賀県大津市石山寺1-1-1
   (HP)http://www.ishiyamadera.or.jp/


*滋賀県観光情報ホームページ*

園城寺 ・ 霊泉が湧く井戸 / 大津編(3)

初日の午後からは、他の仏女ブロガーの皆さんと一緒に大津市内のお寺や博物館を巡りました。
まず最初に参拝したのは、大津きっての古刹、園城寺(おんじょうじ)です。

園城寺(大津市)
【金堂】
 
(1599年築。国宝) 

通称・三井寺と呼ばれる園城寺の創建は古く、弘文天皇の皇子・大友与多王が建立した氏寺が、天武天皇により「園城」の勅額を賜ったことにはじまると伝えられています。
その後859年に唐から帰国した僧・円珍がお寺を整備したことで、園城寺は天台密教修行の場として発展しました。
長い歴史のなか、兵火等により伽藍は度々焼失したものの、現在の金堂は1599年に豊臣秀吉の北政所により再建され、国宝に指定されています。

【鐘楼】
 (1602年築。重文)

梵鐘は近江八景「三井の晩鐘」として名高く、日本三名鐘の一つに数えられているそうです。
是非その音色を聞いてみたいですね。

【閼伽井屋】
 (1600年築。重文)

金堂横にある閼伽井屋(あかいや)の中には、天智・天武・持統の三天皇が産湯に使ったという伝説が残る泉があります。
この伝説からこのお寺を「御井の寺」と呼んでいたものが転じて、園城寺の別称・三井寺となったのだそうです。



建物の中を覗くと、泉には今も水が湧いていました。

【勧学院】


今回の仏女ブロガーの旅では、通常非公開の勧学院客殿の障壁画を拝観させていただきました。
(※2011年秋に特別公開される日があります⇒お寺のHPをご覧ください)
勧学院とは園城寺山内における学問所のことであり、現在の客殿は1600年に再建され、桃山建築の代表的な遺構として国宝に指定されています。
重要文化財の障壁画は、狩野永徳の子・光信の手によるもので、四方の襖に華やかな花鳥図などが描かれていました。(⇒お寺のHPの写真はコチラ)
お寺の方のお話では、この障壁画をバックにCMの撮影が行われたこともあるとのこと。
煌びやかな絵に囲まれ、桃山時代の豪奢な雰囲気を堪能させていただきました。

  *園城寺(三井寺)
   (住所)滋賀県大津市園城寺町246   
   (HP)http://www.shiga-miidera.or.jp/index.htm


*滋賀県観光情報ホームページ*

大津市歴史博物館 ・ 神仏います近江〜日吉の神と祭〜 / 大津編(2)

穴太駅から10分ほど電車に乗って別所駅へ。
そこから大津市歴史博物館へ徒歩で向かいました。

大津市歴史博物館(大津市)


お目当ては10月8日(土)〜11月23日(水)まで開催されている特別展、「神仏います近江〜日吉の神と祭〜」展。
実はこの「神仏います近江」展、大津市歴史博物館と滋賀県立近代美術館、MIHOミュージアムの3館で、それぞれのテーマごとに同時開催されているという、大企画展なのです(⇒特別展HPはコチラ)
今回の近江旅行では、この3館すべての特別展を見に行ってきました。

まず最初に訪れたのは、大津市歴史博物館の「日吉の神と祭」展です。
日吉神とは、比叡山延暦寺(大津市)の守護神として篤い崇敬を受けてきた神様のことで、この日吉神への信仰は、神と仏が融合した、独特な神仏習合の世界を形成してきました。
大津会場では、日吉信仰にまつわる神像や曼荼羅が多数展示されています。

まず会場に一歩足を踏み入れるなり、ずらりと並ぶ神像を目の当たりにし、思わず息をのみました。
かつてこれだけの神像が一堂に会した場所があったでしょうか。
ただでさえ一般には公開されないことが多い神像を、しかも間近で拝する機会は滅多にありません。
平安貴族のような装束をまとった神様、袈裟をまとった神様、そして牛に似た角が生えている神様など、不思議で魅力的な神様たちが沢山いらっしゃいました。

中でも特に印象的だったのが、一連の猿の姿をした神像です。
猿が神様?とビックリしてしまいますが、「神」という字は「申(さる)に示す」と書くため、猿は日吉神の使いだと考えられているのだそう。
ちょこんと座っていたり、大きく腕を上げてこちらを見ていたり、どの猿もユーモラスで可愛らしく、とても心が和みました。

  *大津市歴史博物館
   (住所)滋賀県大津市御陵町2-2
   (HP)http://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/


さて、ちょうどお昼時になってきたので、博物館の近くにあるお蕎麦屋さんへ。



こちらは円満院門跡。
987年に悟円法親王により創建されたと伝わる、歴代の皇族が入寺した門跡寺院です。

開運そば(大津市)


その円満院門跡の門のすぐ横に、「開運そば」というお蕎麦屋さんがあります。
こちらの名物は、お店の名前と同じ、その名も「開運そば」。



しいたけ・青唐辛子・芋・ゆば・のりの天ぷらが入っており、薄口の上品なお味です。
タクシーの運転手さんに伺ったところ、地元の方も通う有名なお蕎麦屋さんなのだそう。
格式高き古刹の近くで味わうお蕎麦、とても有り難い感じがしますよね

 *開運そば   
   (住所)滋賀県大津市園城寺町33 円満院勅使門前


*滋賀県観光情報ホームページ*

盛安寺 ・ 四臂の十一面観音 / 大津編(1)



日本最大の湖、琵琶湖。
古より水路の要衝として栄え、都から近い淡水の海として、近淡海(ちかつあわうみ)と呼ばれてきました。
そしてその湖の名は、琵琶湖一帯に広がる令制国の一つ、近江国の由来にもなっています。

7世紀後半、天智天皇がこの地に大津宮を築いたことにより、近江国は古代日本の中心となりました。
数年ほどで都は別の地に移されたものの、その後も近江には紫香楽宮や保良宮が築かれ、古代日本史において重要な役割を担い続けたのでした。
また近江は奈良や京都からも近く、大陸からの渡来人が多く居住していたことで、常に最先端の文化が流れ込む地でもありました。
やがて仏教の盛隆と共に琵琶湖のほとりには沢山の寺院が建立されるようになり、現在でもいくつもの寺院が法灯を守り伝えています。



約2年ぶりに近江を旅してきました。
1日目に大津近郊、2日目に湖南地方、そして3日目は個人旅行で湖東地方へ。
今回の旅は滋賀県主催の企画「仏女ブロガーの旅」に参加し、近江の仏教文化の魅力をブログでお伝えすることが主な目的です。
*滋賀県観光情報ホームページ*

旅のスタートとして大津市の盛安寺を参拝してきました。



盛安寺へは京阪線の穴太駅から徒歩で10分ほど。



路傍の可愛らしい仏様にご挨拶し、先に進みます。



すると左手にひっそりと観音堂が立っているのが見えてきました。

盛安寺(大津市)


盛安寺には、天智天皇の勅願によって創建された崇福寺伝来とされる、十一面観音像が伝えられています。
(一般には5月・6月・10月の毎土曜日と正月三が日、5月の連休に開扉、公開。※実際に参拝なさる方は事前にお寺へ確認なさってください)



元々観音様は近くの観音堂にいらっしゃいましたが、現在はこちらの収蔵庫に安置されています。



中には美しい十一面観音様がたたずんでいらっしゃいました。

【十一面観音立像】
 (像高180.5cm。ヒノキ一木造。平安時代。重文)

十一面観音は六観音の一つに配される観音で、頭上に小さな10ないし11の面相を頂いていることから、こう呼ばれています。
人々の全ての憂いと悩み、病苦障害、悪心を除くことを誓願しているという、とても優しい観音様です。



両手を合わせて静かに目を伏せ、温かい、慈愛に満ちた表情をなさっています。
十一面観音としてはめずらしい、四臂(4本の腕)の観音像です。
ふっくらとしたお体が実に優美で、優しく私たちを包んでくださるようですね。



参拝のあと、美しい観音様の余韻にうっとりと浸りながら、駅へ向かいました。

*盛安寺
 (住所)滋賀県大津市坂本1−17−1
 (拝観情報)十一面観音立像は、一般には5月・6月・10月の毎土曜日と正月三が日、5月の連休に開扉、公開。
  ※実際に参拝なさる方は事前にお寺へ確認なさってください。


*滋賀県観光情報ホームページ*