仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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ちー

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読書と音楽、そして仏像をこよなく愛しています。

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伊勢神宮(三重)・内宮参拝編 2012-07-29-Sun



外宮をお参りした後は、いよいよ内宮へ。
美しい五十鈴川を眺めながら歩いてゆきました。



古くから聖地として信仰されている場所には、ほぼ必ずと言っていいほど清流があるように思います。
そして豊かな森。
日本的な信仰と自然とは、切っても切り離せない関係なのでしょう。



よく見ると、川底には石が敷き詰められ、緩やかな流れに美しい変化を付けていることがわかりました。

美しい自然をより美しく見せる。
日本人の繊細な美意識を体感できた瞬間でした。



やがて賑やかな参道へと入ってゆくと…



巨大な鳥居が見えてきました。



先ほど参拝した外宮と同じく、境内は豊かな緑で溢れています。



こちらが内宮と呼ばれる皇大神宮。
太陽の神である天照大御神をお祀りしています。

伝承によると…
垂仁天皇の御世、倭姫命は天照大御神を祀るための土地を求め、各地を巡って旅をしていました。
やがて伊勢国にたどり着いた際、「ここに留まりたい」という天照大御神のご神託があったため、この地に祠を建てて祀ったのが、皇大神宮の始まりであるとされています。



境内には目を見張るような巨木があちこちに生えていました。
何百年もの時間をかけてここまで成長してきたのでしょう。
中でもとりわけ大きな巨木には沢山の参拝者が集まり、あたかも木のエネルギーを受け取るように、両手を広げて抱きついていました。



こちらでは、なんと石段が木を避けるようにして積まれていました。
自然を征服するのではなく、自然を敬い、自然と共に生きる。
古からの日本人の篤い信仰心が伝わってくるようですね。

2012.4.29

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伊勢神宮(三重)・外宮参拝編 2012-07-24-Tue

伊勢という地名を聞いて、大多数の方がまず真っ先に思い浮かべるのは、何と言っても伊勢神宮ではないでしょうか。



あまり知られていませんが、伊勢神宮とは単体の神社の呼称ではなく、伊勢・宇治の五十鈴川上に位置する皇大神宮(別名・内宮)と、伊勢・山田の原に位置する豊受大神宮(別名・外宮)及び別宮などを合わせた、伊勢の125社神社の総称です。
その歴史は古く、奈良時代の歴史書『日本書紀』や『古事記』にも記載が見られ、皇族の氏神として高い格式を誇ってきました。
近世になると広く庶民の信仰も集めるようになり、江戸期には「お伊勢まいり」なるものが全国的に大流行したそうです。
徒歩だと江戸から片道15日間もかかったそうですから、その人気ぶりがよくわかりますね。



まずは外宮と呼ばれる豊受大神宮から参拝をスタート。
両宮を参拝する際は、外宮の後に内宮を参拝するのが正式なしきたりなのだそうです。



緑溢れる境内は静謐そのもので、時間が穏やかに流れてゆくのを感じました。



こちらが外宮。
衣食住の守り神である豊受大御神をお祀りしています。



周辺には多賀宮、風宮、土宮と呼ばれる3つの別宮をはじめとして、様々な建物が並んでおり、私も一つ一つお参りをしました。



さて、ここでちょっと一休み。
参道の食事処で伊勢うどんをいただきました。
伊勢市近郊で広く食べられている名物で、軟らかく煮た極太の緬を、濃厚なタレに付けて食べるのが特徴です。
もっちりとした食感で美味
うどんが大好きな私にはツボでした

(つづく)

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朝田寺(三重)・朝田地蔵 2012-07-19-Thu

多気町を出発し、松阪市の朝田寺を参拝しました。



朝田寺は伊勢地域における地蔵信仰の中心として栄えてきた古刹で、地元の人々から「朝田の地蔵さん」と呼ばれて親しまれています。
訪れたのは4月下旬、ちょうど牡丹の季節ということもあって、境内は沢山の参拝者で賑わっていました。



お目当ての御本尊はこちらの本堂にいらっしゃいました。
(⇒松阪市観光協会の写真はコチラ)

像高178.7cm。
古様な衣文の表現などから、9世紀後半の作と推定されています。
榧材の一木から彫り出されており、体躯はどっしりとして量感豊かです。

何度か色が塗り直されたのでしょうか、体の所々には彩色が残り、美しい木目が出た木肌の部分との不思議な調和を見せていました。
何百年もの歳月が造り上げてきた、時間の重みを感じさせる美です。
京都や奈良でさえ、これほど時代が古く、見事なお地蔵様にお会いすることは滅多にないため、この地の仏教文化の水準の高さを実感しました。



境内の周囲に広がる長閑な田園風景。
ちょうど田植えが行われており、しばし時間を忘れて眺めていました。

2012.4.29

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近長谷寺(三重)・巨大な十一面観音 2012-07-14-Sat

普賢寺から坂を下り、しばらく車を走らせると、やがて近長谷寺へと続く丘へと繋がってゆきます。



大きな木の鳥居が見えてきました。
鳥居には「近長谷寺」と書かれており、この地が神仏習合の発展した修験道の聖地であることがよくわかります。



息を切らせながら急勾配の細い山道を上ってゆくと…



突然視界が開け、目の前に立派なお堂が建っていました。

ここ近長谷寺は、奈良時代に伊勢の豪族「飯高宿禰諸氏」が建立したと伝えられる古刹です。
飯高氏は地元で産出される水銀で巨大な富を築き上げ、歴代天皇に仕えた采女・飯高諸高を送り出したという、伊勢屈指の名家でした。

早速拝観のお願いをしてお堂の奥へ。
薄暗い堂内を進み、中央の厨子を見上げると…
「うわぁ…!」
思わず声を出してしまうほど、とてつもなく巨大な十一面観音様がそこにいらっしゃったのでした。
(⇒お寺HPの写真はコチラ)

身の丈はなんと6.6m。
藤原時代の作で、国の重要文化財に指定されています。
右手に錫杖、左手で宝瓶を持つという、いわゆる長谷型観音ですが、目鼻立ちのはっきりしたエキゾチックなお顔立ちは他に類がなく、それがこの観音様の魅力を際立たせていました。
体躯は寸胴でどっしりとしており、寄木造でありながら、あたかも巨大な一木造の像のようにも見えます。
時間を忘れて尊像を拝していると、御仏の偉大さをその大きさで表現しようとした、古の人々の篤い信仰心が伝わってくるようでした。



2012.4.29

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普賢寺(三重)・一木の普賢菩薩 2012-07-09-Mon

太江寺を参拝した後、次の目的地である普賢寺を目指し、レンタカーで伊勢の内陸部へと入ってゆきました。



ところが目的地周辺まで来たものの、お寺の正確な場所がわかりません。
困り果てて電話で道を伺ったところ、なんとお寺の方が迎えにきてくださることに。
その節は本当にありがとうございました!



普賢寺のある佐奈(現在の多気町)は、伊勢で最も古い歴史をもった地域であり、奈良時代の歴史書『古事記』の中でも、伊勢国で一番初めに出てくる地名なのだそうです。
この地が古くからいかに重要な地と考えられていたかがよくわかります。



お目当ての尊像はこちらの立派な収蔵庫に安置されていました。



象の上に鎮座する、見事な普賢菩薩様です。
像高93.2cmで9世紀後半頃の作。
全国でも極めて貴重な密教系の普賢菩薩像として、国の重要文化財に指定されています。
全身が護摩の煙で真っ黒に燻されており、長い間篤い信仰を集めてきたことが伝わってきました。




体躯はふっくらとして一木造らしい重厚感に溢れています。
一方、髪の毛や腕釧は丁寧に彫られており、繊細な美しさを感じました。
手の先などは近年の後補だそうですが、素人の私が一見しただけでは全く違和感はありません。
そしてこの修復は、仏像修復の第一人者として有名な西村公朝さんが手掛けられたのだそうです。

西村さんと言えば、私が初めて買った仏像の本の執筆者。
思いがけないところでその偉大な足跡を辿ることができ、とても感激しました。

2012.4.29

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太江寺(三重)・千手観音御開帳 2012-07-04-Wed



三重旅行のスタートは、美しい伊勢湾の近くから。
伊勢市二見浦にある太江寺の御開帳に行ってきました。



いかにも港町らしい、長閑な街並みを眺めながら歩いてゆくと…



仁王門が見えてきました。



中にいらっしゃったのは凛々しい仁王様。
玉眼の瞳を大きく見開き、門をくぐる者をジロリと睨みつけています。



さらに本堂へと続く石段を上ってゆくと、奥から読経の声が聞こえてきました。



ちょうど境内では般若心経百巻行が行われており、地元の方たちが般若心経を唱え、数メートルもある長い数珠を一斉に回しているところでした。
初めて見ましたが、とても面白い行事ですね。



訪れた4月29日は太江寺の春季祭。
実はこの特別な日に合わせて、秘仏の観音様が御開帳されるため、はるばる伊勢まで旅してきたのです。
(※御開帳は定期的に行われているようですので、実際に参拝なさる方はお寺に確認なさってください)

さあ、いよいよご本尊にお会いします。



堂内を覗いた瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じました。
薄暗い厨子から光が差しているのかと思うほど、眩いばかりに美しい千手観音様が、中央に鎮座していらっしゃったのでした。
寄木造で像高は150.3cm。
鎌倉時代の作と推定され、国の重要文化財の指定を受けています。
素地仕上げの木肌は滑らかで、唇に残る紅、ふっくらとした体躯が実に妖艶です。
これほどの尊像が祀られているということは、かつては相当な大寺であったに違いありません。

寺伝によるとこの観音様の縁起は次のように伝えられています。

天平時代のこと。
行基菩薩が伊勢神宮を巡錫し、二見浦にある夫婦岩沖の興玉神石から興玉神を拝した際、龍神と共に上がる金色の千手観音様を感得しました。
そこで行基菩薩は社を建立して興玉社を祀り、感得の観音像を刻して、太江寺を建立なさったのでした…。



海への信仰と深く結びついた千手観音様。
海辺で生きる人々にとって、豊かな海の幸は、この観音様の恵みそのものだったのでしょうね。

2012.4.29

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