大宝寺(愛媛)・三体の如来像

松山市の松山総合公園に隣接する一画に、愛媛県屈指の古刹・大宝寺があります。

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境内は緑にあふれており、朝からずっと降り続ける雨を受け、木々の葉がさらさらと心地よい音を立てていました。

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こちらは本堂。
鎌倉前期の建立と推定されており、愛媛県最古の木造建築物として国宝に指定されています。
そしてこのお堂の中には…

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三体の如来様たちがいらっしゃったのでした。

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こちらは中尊の阿弥陀様です。
像高135.7cmの寄木造。
藤原時代末期の作と推定されています。
長い間秘仏として祀られており、来迎印を結んでいますが、元は薬師如来として信仰されていたそうです。

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向かって左側にはもう一体の阿弥陀様。
像高68.5cmの一木造。
中尊より時代は古く、その様式から藤原時代前期の作と推定されています。
眼差しは厳しく、むっちりした体躯は重厚感があり、お堂の左端に祀られていながらも、かなりの存在感を放っていました。

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そして右側にはお釈迦様。
像高83.9cmの一木造り。こちらも前出の阿弥陀様と同じく、藤原時代前期の作と推定されていますが、お体は阿弥陀様よりすらっとしておられ、受ける印象がだいぶ違います。

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堂内には破損した天部像も安置されていました。

これだけの尊像が何体も伝えられているということは、かつては沢山の堂宇が境内に建ちならんでいたのでしょう。
大宝寺は江戸時代には歴代松山藩主の祈願所であったそうですから、その歴史の古さ、格式の高さがよくわかります。

2012.9.16
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石手寺(愛媛)・不思議な洞窟霊場

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こちらは夏目漱石の『坊っちゃん』に登場することで有名な、松山市の道後温泉。

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この日本有数の温泉街中心部から歩いて15分ほどのところに、四国八十八箇所霊場の第五十一番札所、石手寺があります。

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国宝の二王門には、大きな目を見開いた勇壮な仁王様(愛媛県文化財)がいらっしゃいました。
当初、仏像ファンの私はこの仁王様がお目当てだったのですが…

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おやっ?
境内の一画に不思議な看板が立っています。
マントラ仏??

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なにやら怪しげな雰囲気です。
中に入ってみると…

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わわわっ!!!
なんとその先には広大な洞窟が広がっていたのでした。
私の貧弱なデジカメでは到底その迫力をお伝えできなくて残念です。
総長はおそらく数百メートルはあるでしょう。
小高い丘をくり抜いて造られた洞窟内には石像が点在しており、洞窟全体がさながら巨大な地下霊場のような様相を呈しています。

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外の厳しい残暑とは打って変わって、薄暗い洞窟内部ではひんやりとした冷気が体を包み込みました。

「わー!なんだここは」
「痛いっ!頭ぶつけた!!」
などなど洞窟内のあちこちから声が聞こえてきます。
皆さん、予想外の光景に驚いている様子です。

わずかな光を頼りに前へ進んでゆくと…

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辿り着いた先は車が行き交う一般道でした。
そういえばお寺に向かう途中、なんだか不思議な入口があるなぁと疑問に感じていたのですが、まさかその先にこのような洞窟が広がっていようとは夢にも思っていませんでした(笑)
何故このような霊場が造られたかは不明ですが、気の遠くなるような時間と手間がかかったことは間違いありません。

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思いがけない摩訶不思議な体験に興奮しながらお寺を後にしました。

2012.9.16

光徳院(愛媛)・二体の平安仏

仙遊寺参拝のあと、レンタカーで今治街道を西へ。

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松山市の古刹、光徳院に到着しました。

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こちらのお寺には二体の平安仏が伝えられているため、事前にお願いをして拝観させていただきました。

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本尊の阿弥陀様です。
像高157.5cm、檜材の一木造。
明治期の神仏分離の際までは、国津比古命神社の本地仏としてお祀りされていたそうです。

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体躯はむっちりと量感があり、眼差しは厳しく神秘的で、神仏習合の仏として信仰されたという、この阿弥陀様の歩まれた歴史を実感させてくれます。

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こちらは十一面観音様。
像高165.5cmの一木造。
現在は十一の面相を頭上に据えておられますが、髻の形などから元は聖観音として造像されたと考えられています。


光徳院は寺名をかつては密護山護持院神護寺と称し、後醍醐天皇が勅願所として再興した地方祈祷の総本山であったといいますから、その格式の高さがよくわかります。
素晴らしい美仏を拝することが出来た喜びに浸りながら、お寺をあとにしました。

2012.9.16

保福寺(神奈川)・一木の十一面観音

厚木市の金剛寺参拝のあと、御殿場線で南足柄市の山北駅へ。

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昼前からポツポツと降り出していた雨は、山北駅の改札を出る頃には土砂降りになっていました。
ここからは歩いてお寺を目指します。
事前に拝観予約をお願いしていたため、時間とともに一層激しさを増す雨に耐えながら先を急ぎました。

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可愛らしい道祖神です。
お供え物がしてあり、今も大切に守られているということがよくわかります。

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ずぶ濡れになりながらも40~50分ほど歩き、保福寺の本堂へと辿りつきました。

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こちらは本堂の薬師様。
像高47.8cm、カヤの一木造です。
肉髻は大きく盛り上がり、ゴツゴツとした螺髪がひときわ目を引きます。
かつては全身が金色に輝いていたのでしょう、今も体の所々に金箔が残っていました。

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そしてこちらの小さなお堂にいらっしゃったのは…

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一木造の十一面観音様でした。

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お寺の方のお話によると、元は厨子の中に安置されていましたが、近年になって専門家の修復を受け、今のような形でお参りできるようになったそうです。
像高はほぼ等身大、藤原期の作と推定されています。
小ぶりな目鼻立ちが実にあどけなく、すらりと立つ姿はあたかも可憐な少女のようです。

お堂の外からはざあざあと降り続く雨音が聞こえてきます。
雨のなか歩いてきた疲れをすっかり忘れ、その美しいお姿にじっと見入っていました。

2013.4.6

回向院(東京)・善光寺出開帳

先日、回向院(墨田区)で行われた長野善光寺の出開帳に行ってきました。

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出開帳。
一般的にはあまり聞きなれない言葉かと思いますが、一体どういう意味なのでしょうか。
回向院のHPによると…(⇒)
「出開帳とは、普段拝することのできない寺院の本尊などを地方に出張し、一定期間拝むことができるよう祀ること。江戸時代に回向院で行われた善光寺の出開帳は大変な人気を誇り、中でも空前の賑わいをもたらした安永7年(1778)では、60日で1,603万人の参詣があったとも云われています。(太田南畝『半日閑話』)」

この記録が本当なら、なんと一日あたり26万人もの参拝者が回向院を訪れたことになります。
真偽のほどは別として、いかに江戸の人々にとって出開帳が特別なイベントであったかがよくわかります。

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境内にはとてつもなく大きな回向柱が立っていました。
ご本尊からこの回向柱へと結縁の紐が結び付けられており、参拝者はこの柱に触れることでご本尊と縁を結ぶことができるのです。

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数年ぶりに参拝したお寺の一部はとても近代的な建物に生まれ変わっていました。
あたりには読経の声が響き渡っています。
建物内部へと入ると、奥にお厨子が据えられており、その中には阿弥陀三尊がお祀りされていました。
少し距離があり、詳細はわからなかったものの、いわゆる一光三尊の善光寺式阿弥陀三尊であるようです。

bunkazai_010.jpg (⇒回向院HPより)

今回の出開帳では、出開帳像の他にも長野善光寺由来の貴重な仏教美術が数多く展示されていました。
中でも特に印象深かったのは、写真の阿弥陀如来立像。
快慶ないし関係工房の作と伝わるこの尊像は、立ち姿が非常に洗練されており、かなりの力量の仏師の作であることがよくわかります。
思いがけない美仏を拝した喜びに胸が高鳴りました。

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拝観を終えて建物探検。
きらきらと光るガラス玉で装飾された通路を抜けて階段を上ると…

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辿り着いた屋上には美しい花畑が広がっていました。
すぐ近くにはビルが建ち並んでいます。
いかにも都心のお寺らしい風景ですね。

2013.4.27