仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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ちー

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読書と音楽、そして仏像をこよなく愛しています。

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智識寺(長野)・立木の十一面観音 2013-11-20-Wed

島崎藤村の詩に歌われたことでも有名な千曲川。
甲武信ヶ岳を源流とするこの川は、長野盆地を潤しながら北東へ流れ、新潟県に入ったところで信濃川へと名前を変えます。
その全長は367kmにも及ぶという、日本最長の大河です。

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この千曲川の流れから程近い丘の中腹、千曲市の上山田というところに智識寺があります。
その創建は天平時代にまで遡ると伝えられ、室町時代に入ると、地元の有力者・村上氏の帰依を受けて隆盛を極めました。
後に武田氏に滅ばされ一時衰退しましたが、慶長14年(1609)に現在地へと移されて再興しました。

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境内の一画に小さなお堂が建っています。
中をのぞいてみると…

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お釈迦様がいらっしゃいました。
丸いお顔が可愛らしく、ほっとするような親しみやすさを感じさせてくれます。

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こちらが智識寺本堂。
現在の建物は天文10年(1541)に再建されたもので、室町時代の様式を継承する貴重な建物として、国の指定重要文化財の指定を受けています。
事前にお願いをして、堂内の仏像を拝観させていただきました。

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厨子が開かれると、薄暗い奥にぼうっと巨大なシルエットが見え、思わず息をのみました。
本尊の十一面観音立像です。

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像高306㎝で平安後期の作。
自然のままの立木の形態を生かして造られている、いわゆる立木仏です。
欅の一木から削り出されたというそのお姿は、体のあちこちにノミの跡が残っており、尊像を拝していると、今まさに巨木から十一面観音が具現するその瞬間を目の当たりにしているようでした。

周囲にそびえる冠着山や八頭山、近くを流れる千曲川。
古の人々は大自然のあちこちに神や仏の存在を見出し、畏れ敬っていたのでしょう。

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堂内には他にも地蔵菩薩立像、聖観音立像などが安置されていました。
かつて智識寺は七堂伽藍の広がる大寺であったそうですから、これらの尊像は別々のお堂で祀られていたのかもしれません。

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参拝を終え、美しい千曲川のほとりを歩きながら、旅の最終目的地へと向かいました。

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2012.10.7

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清水寺【松代】(長野)・三体の平安仏 2013-11-19-Tue

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長野市保科地区の清水寺を参拝したあと、もう一つの清水寺のある松代地区と向かいました。

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松代地区の清水寺は延暦22(803)年に寛空上人が開山したと伝えられている古刹で、往時は堂宇が建ち並ぶ大寺院であったといいます。
18世紀初の火難により伽藍が悉く焼失してしまい、現在の地へと移転したそうです。

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こちらの収蔵庫に安置されているのが重要文化財の御仏たち。
事前にお願いして拝観させていただきました。

まず一際目をひいたのは本尊の千手観音様です。
(⇒千手観音立像の写真はコチラ)
像高180㎝、桂材の一木造。
翻波式の衣文など古様な表現が見られますが、優美な面相をしており、体躯に量感が無いことなどから、藤原初期の作と推定されています。
全身に散らされた金箔は江戸時代の補修の際に施されたものだそうです。

収蔵庫内には他にも二体の平安仏が安置されていました。
(⇒地蔵菩薩立像の写真はコチラ)
(⇒観音立像の写真はコチラ)
二体の菩薩様たちはお顔立ちが似ており、むっちりした体躯にいかり肩をなさっていることから、同じ仏師によって造られた可能性があるのではないかと思います。
造像は本尊より古く、9世紀頃と推定されているとのこと。
京都や奈良などの関西地方以外で、これほど時代が古く、優れた尊像を拝することは滅多にないため、このお寺の歴史の古さ、格式の高さを実感しました。

2012.10.7

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清水寺【保科】(長野)・川のほとりの古仏 2013-11-14-Thu

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長野市には重要文化財の仏像が安置されていることで有名な、二つの「清水寺」があります。
保科地区の清水寺と松代地区の清水寺。
どちらも創建を平安時代にまで遡るという信州屈指の古刹です。
この旅ではまず保科地区の清水寺を訪ねることにしました。

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保科地区の清水寺は、大同年間(806~810)に征夷大将軍・坂上田村麻呂によって建立されたと伝えられています。
かつては堂塔伽藍を備えた大寺でしたが、大正5年に全焼し、現在では堂塔の跡を残すのみとなりました。
その再興の際に奈良県の石位寺から招来された仏像群が国の重要文化財の指定を受けています。

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堂内に並ぶ美しい御仏たち。

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こちらは聖観音立像です。
像高177㎝、檜の寄木造。
藤原末期の作と推定されています。
彩色はほとんどはげ落ちていますが、所々に模様が残っており、かつては煌びやかなお姿をなさっていたことがわかります。

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こちらの如来様は現在は薬壺を持っていらっしゃいませんが、薬師如来坐像と伝えられています。
像高84.5㎝で一木造。
造像は聖観音立像よりやや古く、平安中期と推定されています。

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そして私が最も印象的だったのは、こちらのお地蔵様。
丸いお顔に優しい微笑みを浮かべておられ、一目お姿を拝するなり、その親しみやすさに惹きつけられました。
像高159㎝で寄木造。
浅く彫られた流れるような衣文に、藤原仏らしい特色がよく出ています。

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清水寺の名前に相応しく、お寺のすぐ近くには川が流れていました。
千曲川の支流・保科川です。

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川沿いに広がる美しい田園風景を眺めながら、もう一つの清水寺へと向かいました。

2012.10.7

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善光寺(長野)・牛にひかれて… 2013-11-06-Wed

長野市といえば善光寺。
ことわざ「牛に引かれて善光寺参り」で有名な、信州きっての古刹です。

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善光寺周辺は巨大な門前町として栄えており、塔頭、お土産屋さんなどが参道や横道に建ち並んでいます。
まずは正面に巨大な仁王門が見えてきました。

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わわわ!
中にはとてつもなく巨大な仁王様がいらっしゃいました。
なんと像高4.8mもあるのだとか。
かの有名な高村光雲と米原雲海の合作で、伝統的な日本彫刻に西洋の写実性が加わった、非常に洗練された尊像です。

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こちらは本堂。
善光寺は度々火災にあったため、現在の建物は宝永四年(1707年)に再建されました。
間口約24メートル、奥行き約54メートル、高さ約26メートルという国内有数の木造建築で、国宝に指定されています。

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そして善光寺で特に有名なのが戒壇めぐり。
戒壇巡りとは本堂床下の真っ暗な回廊を手探りで巡り、中程に懸かる「極楽の錠前」に触れることで、秘仏の御本尊と結縁をするというもの。
私も過去に何度か戒壇巡りをしたことがありますが、本場・信州善光寺では初めて。
ドキドキしながら回廊を巡りました。

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参拝を終え、参道をぶらりと散歩。

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そう、信州でもう一つ忘れていけないのはおやきですよね♪

2012.10.7

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安楽寺(長野)・日本最古の八角三重塔 2013-11-04-Mon

信州旅行一日目、最後に上田市の安楽寺を参拝しました。
お寺のある塩田平は鎌倉時代に塩田北条氏の所領だった為、数多くの寺社仏閣、文化遺産が残されており、そのことから「信州の鎌倉」とも呼ばれています。

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安楽寺の創建は天平時代にまで遡ると伝えられていますが、はっきりとした史料が確認できるのは、鎌倉時代に実質な開山である樵谷惟仙がお寺を再興してからだそうです。

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そしてこのお寺で特に有名なのが…

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こちらの国宝・八角三重塔。
全高18.75メートルもあり、近世以前の八角塔としては日本で唯一現存する建築物とのこと。
年輪年代調査によると建立は13世紀頃と推定されており、これが事実であれば、日本最古の禅宗様建築である可能性があるそうです。

そして一際存在感を放っているのが軒裏の垂木です。
放射線状に密にはりめぐされ、どことなく椎茸の裏側を見ているような気分になります(笑)
樵谷惟仙は宋へ留学した僧侶だったので、当時最先端の技術が導入されたのかもしれません。

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そしてこちらの収蔵庫には重要文化財の頂相が安置されています。

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向かって右が開山の樵谷惟仙和尚像、左が二代目の幼牛恵仁和尚像。
幼牛恵仁和尚は樵谷惟仙和尚が宋から帰国する際に共に来日した宋の僧侶でした。

有力な鎌倉武将の庇護のもと、大陸からもたらされた優れた禅宗文化がこの地に花開いたのでしょうね。

2012.10.6

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中禅寺(長野)・鎌倉期の阿弥陀如来 2013-11-01-Fri

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すすきが揺れる野原を通り過ぎ、長野県上田市へ。
上田は戦国時代に真田氏によって上田城が築かれた、信州きっての城下町です。

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中禅寺の創建は天長年間(824~34年)にまで遡り、空海が雨乞いの為に草庵を結んだのが始まりと伝えられています。
お寺のある独鈷山周辺は塩田平の水源地として信仰の対象になっていたため、古くから山岳信仰とも関係が深かったのかもしれません。

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仁王門には可愛らしい仁王様たちがいらっしゃいました。
像高はいずれも2mほどでしょうか。
12世紀末頃の作と推定されています。

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こちらは鎌倉初期に建立された薬師堂。
お祀りされているのは薬師如来ですが、平安末期~鎌倉初期に全国で流行した阿弥陀堂建築で、中部日本最古の建物として、本尊とともに国の重要文化財に指定されています。

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堂内には端正な薬師様がいらっしゃいました。
像高97.8cm、桂材の寄木造。
造像当時に彩色が施されていたかどうかは不明ですが、現在はなめらかで美しい木肌を見せています。
本尊のすぐ横には小さな木造神将立像が安置されていました。
もしかしたら元々は薬師如来をお守りする十二神将だったのかもしれません。

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薬師様はいわゆる定朝様の如来像ですが、その眼差しはやや力強く、造像は鎌倉期に少し入ってからではないかと考えられているようです。
丁寧に彫りこまれた螺髪、流麗な衣文などに、仏師の高い技量がいかんなく発揮されています。

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かつて中禅寺には多くの堂宇が建ち並んでいましたが、火災等でその多くは失われてしまいました。
現在も境内はきちんと整備され、一部には休憩所も建てられています。

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お参りのあとはお団子でひと休み♪

2012.10.6

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