大善寺(山梨)・ぶどう薬師御開帳

約4年ぶりに甲州市の大善寺を参拝しました。

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あいにくの雨模様でしたが、貧乏旅行のため(泣)、勝沼ぶどう郷駅から歩いてお寺へと向かうことに。

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山梨は言わずと知れた葡萄の名産地。
お寺までの道中も、豊かに実った葡萄畑がずっと続いていました。

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大善寺の仁王門です。

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「雨のなかご苦労であったな!」

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こちらは国宝の薬師堂。
大善寺は養老2年(718)、僧・行基が甲斐の勝沼で修行した際、葡萄を手にした薬師如来を感得し、尊像を刻んでこの地に安置したのが始まりと伝えられています。
ぶどう薬師と呼ばれる本尊は秘仏ですが、このたび数年ぶりの御開帳があったため、お寺を再訪することにしたのでした。
堂内に入ると、中央には開かれた厨子が置かれ、左右に薬師如来をお守りする十二神将が安置されているのが見えました。
(⇒大善寺HPの写真はこちら)
期待に胸を膨らませ、中央の厨子を見上げてみると…

「あっ…!」
中にいらっしゃったのは、かつて一度も拝したことがない、不思議なお姿をした薬師様でした。
通常薬師如来が薬壺を持つ左手には、ぶどう薬師の名の通り、一房の葡萄が置かれていたのです。

薬師様の像高は85cm。カヤの一木造で、平安前期の作と推定されています。
決して大きくはない像ですが、肩はしっかりと張り、実に堂々としたお姿です。
そして何より印象的なのは左手の葡萄でしょう。
造像当時から置かれていたかどうかは不明ですが、大切なのは、長い間そうやって伝説が受け継がれてきたことなのだと思います。
薬師様の脇には日光・月光菩薩が寄り添っておられ、その愛らしいお顔立ちは、拝する者をふんわりと包み込んでくださるような温かさを感じさせてくれました。

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拝観を終え、再び歩いて駅へ戻ることに。
お寺近くから駅まで向かう歩行者用の道路があることを知り、復路はそちらを通ることにしました。
息を切らせて小高い丘を上って行きます。

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ふと気付くと既に雨は止んでいて、雲間から漏れる光が、葡萄の郷を優しく照らしていました。

2013.10.26
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伊豆極楽苑(静岡)・地獄極楽テーマパークへようこそ

観光地として人気の高い伊豆で地獄極楽めぐりができることをご存じでしょうか?
その名も伊豆極楽苑。
知る人ぞ知る、隠れた伊豆の名所です。

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この明るい外観の建物に地獄の入口が…?
勇気を奮い起し、足を踏み入れます。
「ごめんくださーい!」

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「いらっしゃーい♪」

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可愛い赤鬼さんと青鬼さんがお出迎えしてくれました。
入場料を払って中へ入り、奥様から説明を受けると、いよいよ地獄めぐりが始まります。

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おやっ?
有名な三途の川が見えてきましたよ。
人間は死んで七日目に、冥途の入口にある三途の川を渡るのだと言われています。

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でたー!
地獄のアイドル・脱衣婆です。
彼女は三途の川岸で亡者の衣服をはぎ取る、とっても怖い老女の鬼。
迫力ですねー。

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そして脱衣婆によって剥ぎ取られた衣は、隣に座る懸衣翁へと渡されます。
周辺で人間たちがしくしくと泣いていて、なんだか可哀そう…。

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「人間よ、よく来たなー!」
地獄の裁判官、閻魔様の登場です。
閻魔様たち十王に裁かれた人間たちは、生前での罪が確定されると、それぞれに六道へと輪廻転生してゆきます。

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「けけけけけー!」
なんということでしょう、地獄へ堕ちた人間たちが釜茹でにされています。
しかも生前での罪は飲酒!妄語!!
果たしてこれらの罪を犯したことのない人間が存在するでしょうか?

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キラーリ☆
こちらはメタリックな服装の緑鬼さん。
とにかくどの鬼も活き活きとした表情してます(笑)

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地獄を堪能した後は、いよいよ極楽へ。

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妖しく光る廊下をふらふら~。

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ついに阿弥陀様のいらっしゃる極楽浄土へと辿りつきました。
とっても煌びやかですね。
地獄から極楽まで一気に駆け上り、最後はお土産コーナーへ。

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なんとここではコンピューター相性占いが出来るそうですよ。
私が訪れた時は水嶋ヒロ夫妻の相性が占われていました(笑)

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最後は赤鬼さんと記念撮影。
また遊びに行きますねー♪

2012.12.8

南禅寺(静岡)・伊豆最古の仏像群

数年ぶりに河津町の南禅寺を訪ねました。

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南禅寺は私が伊豆で最も好きなお寺の一つで、伊豆最古の仏像群が伝えられていることで知られています。
事前にお願いをして、堂内を拝観させていただきました(※現在、仏像群は宝物館に安置)。

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中央が薬師如来坐像、向かって左が地蔵菩薩立像、右が十一面観音立像。

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中尊の薬師様は像高1.18m、クスの一木造。
どっしりとした体躯、翻波式の衣文などから平安前期の作と推定されています。
特に印象的なのは分厚い掌です。
施無畏印を結ぶ右手は肉感的で、「心配しなくていいよ」と拝する者をしっかり守ってくださるかのよう…。

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こちらの観音様は化仏が取れていますが、十一面観音立像と伝えられています。
像高1.89mでヒノキの一木造、平安前期の作。
小ぶりな目鼻だち、すらりとした体躯は可憐な少女を思わせます。

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そしてこちらが地蔵菩薩様。
大きな額、太く平行に流れる衣文に包まれた体躯は量感に溢れており、抜群の存在感を放っています。
数年前に一目お姿を拝した時から、その力強い魅力に惹きつけられました。
私が伊豆で最も大好きな仏様です。

変換~P1080988 (善光庵 十一面観音立像)

ところでこのお地蔵様、前の記事でご紹介した善光庵の十一面観音様に似ていると思いませんか?
確固たる文献などの証拠は無いものの、善光庵と南禅寺の仏像は、その類似性から同系統の仏師が造ったのではないかと推定されているようです。

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堂内には他にも天部像など、全部で二十四体もの仏像が安置されています。
伝承によると南禅寺は創建を奈良時代にまで遡るという古刹で、かつては那蘭陀寺と呼ばれる大寺でしたが、永享4(1432)年の山崩れで伽藍が埋没してしまいました。
現在お堂に安置されている仏像群は、その土砂の中から掘り出されたと言われています。

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お堂の隅に立てかけられた、はげしく破損が進んだ御仏たちは、その長い歴史の重みを実感させてくれます。

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私が参拝した平成24年12月8日、お堂のすぐ近くに宝物館が建設されていました。
仏像群は現在こちらの建物に安置されているようですので、よろしければ皆さんも伊豆最古の御仏たちにお会いしにいってみてくださいね。
(⇒伊豆観光協会のHPはこちら)

2013.12.8

善光庵(静岡)・一木の十一面観音

南伊豆の河津町は北を天城山、東を相模灘に囲まれた、緑と水の恵み豊かな土地です。
街を流れる河津川の流域は河津桜の名所として知られ、見ごろを迎える早春には多くの観光客で賑わいます。

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善光庵が位置するのは河津川から程近い、下峰という集落にある丘の中腹です。

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お堂の中には美しい平安期の十一面観音像が今も守り伝えられていました。

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ほぼ等身大で檜の一木造。
平安中期の作と推定されています。

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少し四角く張った頬、むっちりとした体躯は一木らしい重厚感に溢れていて、拝する者をしっかりと包み込んでくださるようです。
宝髻は円すい状に伸び、可愛らしい帽子をかぶっているようにも見えます。
廃寺となった稲荷山善光庵からの伝来品とも、近くにある南禅寺から運ばれてきたとも言われていますが、はっきりとしたことはわかっていません。

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2012.12.8

牛伏寺(長野)・修験道の古刹

一泊二日の信州旅行、最後に松本市の牛伏寺を参拝しました。

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牛伏寺は松本市の鉢伏山(1,929m)中腹に位置している真言宗智山派の名刹です。
修験道の寺として古より篤い信仰を集め、質・量ともに東日本屈指の文化財を有していることで知られています。

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参道の上り坂を歩いてゆくと、やがて小さなお堂が見えてきました。
中を覗いてみると…

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写真ではわかりにくいのですが、中央に阿弥陀如来、その左右に赤黒の牛が安置されていました。
「牛伏寺」というお寺の名は、756年(天平勝宝7年)に善光寺へ経典を運ぶ途中だった2頭の牛が、この付近で倒れたという伝承から付けられたのだそうです。

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狛犬ならぬ狛牛?
とても珍しいですね。

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現在、重要文化財の仏像群はこちらの収蔵庫に安置されています。
本尊の十一面観音は三十三年に一度のみ開帳される秘仏ですが、その他の貴重な尊像を拝観させていただきました。

中央厨子を中心に向かって左側に安置されているのが釈迦三尊。(⇒松本市HPはこちら)
中尊の像高は138㎝、脇侍とともに平安時代の作と推定されています。

そして厨子の向かって右側にいらっしゃるのは薬師如来。(⇒松本市HPはこちら)
さらに薬師如来の右側に大威徳明王(⇒松本市HPはこちら)が安置されています。
造像はいずれも平安時代です。

特に印象的だったのが激しく破損した蔵王権現像。
造像当時の姿がほとんど失われているのは、かつては山頂の祠に安置されており、雨乞いの祈願をする時に引きずりまわされていたからなのだそうです。
文化財指定の価値などとは無縁な、この土地の人々の信仰や歴史の重みを感じ、深い感銘を受けました。

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2012.10.7