明光寺(広島)・丈六の薬師如来

古保利薬師堂参拝のあと、レンタカーで広島県内を南下し、広島市内へ。

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やがて三篠川流域に広がる、安佐北区の深川という集落へ辿りつきました。

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こちらは深川薬師と呼ばれる明光寺。

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明光寺の創建は平安時代にまで遡ると伝えられ、天皇家より正明院という勅号を賜って繁栄を極めました。

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天文8年(1539年)に建立された薬師堂の中には…

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金色に輝く丈六の如来様がいらっしゃいました。
像高270cmの寄木造。室町中期の作。
現在は薬壺を持っておられませんが、薬師如来として造像されたとのこと。

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お顔は四角く張り、眼差しも凛としており、男性的で力強い印象を受けます。
御仏が彫り込まれた光背も見事です。
他に参拝者はいなかったため、しばらくのあいだ薬師様の前に坐りこみ、じっとその頼もしいお姿を眺めていました。

2013.9.13
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古保利薬師堂(広島)・一木の貞観仏

北広島町の古保利(こおり)薬師堂は、関西地方以外ではとても珍しい、平安初期の仏像が安置されていることで知られています。
今回の旅の目的地を広島に決めた時から、ずっと参拝を楽しみにしていました。

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お寺近くに車を止め、緑に覆われた道を歩いてゆきます。

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やがて古い石段の向こうに建物が見えてきました。

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古保利薬師堂の歴史は古く、9世紀始めに建立された真言宗の古保利山福光寺がその前身と伝えられています。 
後に戦国大名となった吉川氏の菩提寺として栄えましたが、吉川氏がこの地を去った後は衰退し廃寺となりました。

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現在尊像はこちらの収蔵庫に安置されており、地元の方々によって管理されています。

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立派な収蔵庫に並ぶ二十数体の御仏たち。

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こちらは本尊の薬師如来坐像。
像高122cmでヒノキの一木造、平安初期の作。
両足は別材で接がれています。
重厚感溢れる体躯は、深い襞を刻む分厚い衣に覆われており、非常に古様な印象を受けました。
目鼻立ちははっきりしていて、とても凛とした表情です。

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そしてこちらが千手観音立像。
像高178cmでヒノキの一木造、平安初期の作。
この観音様は古保利薬師堂はもちろん、中国地方でも最も有名な仏像のひとつではないでしょうか。
通常、千手観音の脇手は別材をつないで造られることが多いのですが、なんとこちらの尊像は肘のあたりまでが一材から彫りだされています。
まるで大きく翼を広げているかのようです。
圧倒的な異形の像容に対し、お顔立ちは優しく女性的で、その不思議な調和が、この観音様に唯一無二の美しさを生みだしていました。

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収蔵庫内の仏像はその多くが文化財の指定を受けており、古保利地区に華やかな仏教文化が花開いていたことを実感させてくれます。
かつてはあたり一帯に沢山の堂宇が建ち並んでいたに違いありません。
この時は他に参拝者がいなかったため、管理をなさっている地元の方とお話しをさせていただきながら、贅沢な時間をゆっくりと過ごしました。

2013.9.13

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安芸国分寺(広島)・藤原期の薬師如来

御調八幡宮参拝のあと、レンタカーで東広島市の西条町へ。

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やがて見えてきたのは美しい緑の芝生でした。
このあたりは奈良時代に安芸国分寺の大伽藍が広がっていた場所で、現在は史跡として整備されています。

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千年を超える長い歴史のなか、お寺は幾度も火災に遭い、そのたびに復興を遂げてきました。
現在の仁王門は16世紀中期の建立で、市の文化財の指定を受けています。

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中には立派な仁王様がいらっしゃいました。

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ご本尊は秘仏のため拝観できませんが、平安期の薬師如来坐像を拝観できるということでしたので、境内をぐるりと回ってみたところ…

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本堂の近くに小さな小さな薬師堂が建っているのに気が付きました。
格子戸の中を覗いてみると…

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優しいお顔をしたお薬師様が佇んでいらっしゃいました。

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像高127cmでヒノキの寄木造。
平安後期の作と推定されています。
度重なる火災による破損が激しかったため、江戸期に修復された記録が残っているそうですが、2006年に再び解体修理が行われました。
炭化した表面は和紙によって保護されているそうです。
お薬師様がふんわりと優しい雰囲気を漂わせているのは、この和紙による効果なのかもしれませんね。

2014.9.12

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御調八幡宮(広島)・御調八幡宮と三原市の文化財展

少し前のことになりますが、去年の9月に広島へ行ってきました。
これからしばらくの間、その時の旅行記を書こうと思っていますので、よろしければお付き合いくださいね♪

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まず最初に参拝したのは、三原市の御調八幡宮(みつきはちまんぐう)。
収穫を間近に控えた稲穂を眺めながら車を走らせました。

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御調八幡宮の創建は古く、宇佐八幡宮の神託事件により流罪となった和気広虫が、この地に八幡神を祀ったのが始まりと伝えられています。

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天正年間には豊臣秀吉が三原城に滞在した際、境内に桜樹を手植えしたと伝えられており、八幡庄の鎮守神として、さらには備後総鎮護の神社として繁栄を極めました。
現在でも国の重要文化財などの文化財が多く保存されています。

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去年の秋、通常は非公開である八幡三神像を初めとする三原市の文化財が特別公開されたため、こちらの御調八幡宮会場、三原リージョンプラザの二会場を訪れることにしました。
多くの貴重な仏教美術の中で特に印象に残ったのは、やはり御調八幡宮会場で公開されていた八幡三神坐像です。
いかにも神像らしい厳かな面相と、深く複雑に彫られた衣文は卓越した技で彫られており、おそらくは中央仏師の作であることを窺わせます。
想像していた以上に小さな像でしたが、体から発せられる神秘的な雰囲気に釘付けになりました。

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ところで敷地内で面白いものを見つけました。
おみくじと御守りの自動販売機です。
ありそうで意外となかったかも??

2013.9.12

勝覚寺(千葉)・鎌倉期の四天王

宝聚寺参拝のあと、同じ山武市内にある勝覚寺を参拝しました。

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実は勝覚寺を参拝するのはこれで二度目。
こちらのお寺には関東地方では珍しい、鎌倉期の四天王立像が守り伝えられています。
昨年千葉市美術館で行われた「仏像半島展」も合わせると、勝覚寺の四天王立像を拝するのは何と通算6回目(!)になります。

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お堂の中央に安置されているのがお釈迦様、その周囲を勇壮な四天王がお守りしていました。
前回参拝した時はご本尊の修復中だったため、皆様お揃いの状態でお参りするのは初めてになります。

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変換~P1150367 (増長天)

四天王はいずれも像高2mを超える巨像で、松の寄木造です。
躍動感溢れる洗練された作風であることから、中央仏師の作である可能性が高いと思われます。

そしてこの四天王様たちには次のような不思議な伝説が残されています。
鎌倉時代、仏師・運慶が国家安穏・護国鎮守を祈念して四天王像を彫り上げ、龍宮に住む龍神に捧げる為に海中に流したところ、尊像は九十九里浜のとある地へと流れ着きました。
漂着した四天王は、松ヶ谷村の勝覚寺の釈迦如来をお守りしたい、と漁民に伝えたため、こちらのお寺に安置されるようになったと言われています。

四天王が流れ着いた場所は、現在では「四天木(してぎ)」(現大網白里町)という地名にもなっているそうです。
尊像が海を通って運ばれてきたことを窺わせる面白い伝説ですよね。

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おやっ?
お寺の一画に交通安全の看板が立っていました。
四天王の皆様に守っていただけたら安心ですね(笑)

2013.11.4