仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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再び熊野古道を歩いてきました 2015-08-27-Thu

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昨年行った熊野古道のブログアップが終わっていなかったにも関わらず、実は8月上旬、再び熊野古道を歩いてきました。
今回は奈良県の十津川村から熊野本宮大社へと向かう、小辺路・果無峠越、総長約15kmのコースです。
ただでさえ厳しい道のりであるうえ、容赦なく降り注ぐ真夏の日差しに苦しめられ、何度もめげそうになりましたが、無事に本宮大社まで辿り着くことができました。

旅程は次の通りです。

*8月6日(大阪府)
廣智寺→専念寺→荘厳浄土寺→大林寺

*8月7日(奈良)
栄山寺
日本一長い路線バスに乗って奈良県十津川村へ
玉置神社

*8月8日(和歌山)
熊野古道小辺路・果無峠越
熊野本宮大社

いずれブログにアップする予定ですので、よろしければご覧になってくださいね♪

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熊野那智大社(和歌山)・熊野古道を歩く~大雲取越編(2)~ 2015-08-23-Sun

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地蔵茶屋を過ぎると、そこからは古道が整備されていない区間になるため、しばらく林道を歩きます。
…が、これがなかなかキツイ!
アスファルトの登り坂が続き、数百メートル進んではザックを下ろして座りこみ、またよろよろと歩きだすのです。

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やっとの思いで林道を抜け、再び古道へと入ります。

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地蔵茶屋から1時間ほど歩き、舟見峠へ到着。
ここでコース全体の3分の2くらいまで歩いたことになります。

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那智高原休憩所へ辿りついたところで公道に出ました。
看板が指し示す那智の滝方面へと進んでいきますが、なかなかそれらしき場所が見えてきません。
2kmほど歩いたところで、道を間違えたことに気が付きました。
往復で4kmのロスです。
ここで精神的に参ってしまい、その場に座りこんでしまいました。
でも最終バスまでには絶対に那智へ辿りつかなくてはならないため、くよくよなんかできません。

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那智高原休憩所まで戻り、改めて地図を確認したところ、なんと熊野古道は那智高原公園の敷地内を通っていたのです。
さきほどは私有地で入ることはできないと思い込んでいたため、ろくに確かめもしませんでした。
公園のすべり台やアスレチックを眺めながら、公園内を横切ってゆきます。

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やがて再び古道らしい階段が出てきました。
あともう少し!
疲労で膝はがくがく震えていましたが、早く辿りつきたい一心で、階段を駆け下りました。
そしてついに…

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那智の滝だーーー!!!
ついに熊野那智大社へ辿りつきました。
スタートから約8時間。
前日からの疲れで何度も座りこんでしまったこと、途中でルートを誤ってしまったことなどで、標準タイムより約1時間ほど遅い到着となました。
何はともあれ、到着できて本当に良かった!
滝を眺めながら、しばらくの間放心状態で立ち尽くしていました。

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こちらが熊野那智大社拝殿です。
現在の建物は江戸時代の建立で、国の重要文化財に指定されています。
無事に到着できた感謝の気持ちを熊野の神様へと伝えました。

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その後、青岸渡寺、那智の滝をめぐったあと、バスで那智駅へ。
次の電車まで時間があったので、駅に隣接する温泉施設でゆっくり休みました。

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なお二日間で歩いたルートはこちら。

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2014.12.27

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熊野那智大社(和歌山)・熊野古道を歩く~大雲取越編(1)~ 2015-08-22-Sat

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熊野古道を歩く旅、二日目は宿泊した小口の集落からスタートです。
この小口から熊野那智大社へと至る約15kmの古道は大雲取越と呼ばれ、中辺路の中でも特に苛酷なルートとして知られています。
かなりの長丁場が予想されたため、日の出とともに宿を出発することにしました。

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手持ちのガイドブックに従って道を進んでゆくと、民家の脇に大雲取の入口が現れました。
細い石段が上へと続いています。
さあ、いざ那智へ!

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スタートから越前峠までは標高800mを一気に登り続けるという、大雲取越最大の難所が待ち受けています。
大雲取越という名は、まさしく雲の中を進むように高い峠を越えてゆくことから付けられたそうです。
前日泊まった宿の御主人から
「越前峠までたどり着けば大丈夫。あとは落ち着いて歩くだけで、必ず那智まで行けます」
というアドバイスをいただいていました。

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しばらく歩いていると、路傍で石仏を見つけました。
写真ではわかりにくいのですが、大木の下に石仏が置かれ、木の根が天然の祠のようになっています。
祀られているのは青面金剛でしょうか。
古道沿いであるため、もしかしたら馬頭観音かもしれません。
残念ながら摩耗が激しく、はっきりとした尊名はわかりませんでした。

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前日の疲れが残っていたため思うように前へ進ず、苦しさに何度も立ち止まっては呼吸を整え、また少しずつ歩きだします。
標準タイムでは越前峠まで1時間半ほどでしたが、おそらく2時間近くかけてなんとか辿りつきました。

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越前峠の頂上付近にいらっしゃったお地蔵様。
詳細な地図も、満足な装備もなかった時代、熊野古道では遭難が多発したため、亡くなった巡礼者を弔う石仏が参道沿いに点在しています。

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峠を登り切ったあとは、今度は長い下りが待ち受けていました。
登りはもちろん大変ですが、下りは下りで別の苦しみがあり、石段を踏みしめる時の衝撃が容赦なく膝を痛めつけます。

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行き交う人はなく、山の中は静寂に包まれていました。
風にそよぐ木々の音、あちこちに湧く水の音が、わずかに聞こえてくるばかりです。
そのなかで、苦しさで息があがる自分の声だけが響いていました。
絶対に那智まで行くんだ。
自分で決めたのだから、一歩一歩前へ進むしかないのです。

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ややなだらかな道までたどり着いたので、ひと休みしてお昼ご飯を食べることにしました。

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宿泊した宿で作っていただいたお弁当です。
中を開けてみると…

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熊野名物、めはり寿司が入っていました。
疲労がピークに達していたため、とにかく最高に美味しかった!
めはり寿司パワーで気力回復、再び立ち上がって歩き始めました。

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スタートから3時間くらい経ったところで地蔵茶屋跡へ到着。
このあたりでちょうど半分くらいまで歩いたことになります。
ザックを下ろし、美しい清流を眺めながらひと休みしました。

(つづく)

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熊野本宮大社(和歌山)・熊野古道を歩く~小雲取越編(2)~ 2015-08-15-Sat

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熊野詣が最も盛んだった中世においては、熊野三山を巡る際に次のルートが主流でした。
①熊野本宮大社から熊野川を船で下って熊野速玉大社へ向かう
②海沿いに街道を歩いて熊野那智大社を参拝
③熊野の山間部を通って熊野本宮大社へと戻る

③の熊野那智大社と熊野本宮大社を結ぶルートは、大雲取越、小雲取越と呼ばれており、熊野詣の中でも最も過酷な難所のひとつとして知られていました。
交通手段や時間の問題もあり、私は古の人々とは逆のルート、熊野本宮大社から熊野那智大社までを歩くことにしましたが、その道のりは想像以上に厳しいものでした。

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古道とはいえアップダウンの繰り返しで、平坦な箇所はほとんどありません。
現在は一般の参拝よりもトレッキングコースとして人気があるのも頷けます。
水や食糧などを積んだザックは10kg以上あり、真冬にも関わらず、全身が汗でびっしょりになりました。
おまけに周囲に人の気配は全くなく、つい不安がこみ上げてきます。
何百年も続く信仰と歴史の道を自分も歩いている、そのことへの誇りだけで、なんとか気持ちを奮い立たせることができたのでした。

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ルート沿いには、数百メートルごとに看板や目印が立っており、正しいルートを進んでいるか確認することができるようになっています。
事前にガイドブックは用意していたものの、精神的にとても助かりました。

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道のりの苛酷さに何度もめげそうになりますが、当たり前のことながら、バスもタクシーもありません。
前へ進むしかないのです。
数十分おきにザックを下ろし、こまめに休憩しながら歩きました。

そしてちょうど半分ほど辿り着いたところでしょうか。

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「わぁ…!」
思わず声を上げて立ち止まってしまいました。
見渡す限りに広がる熊野の山々。
小雲取越で一番の絶景ポイント、百間ぐらです。

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熊野権現は、浄不浄関わりなく人間を受け入れてくださる、大らかで優しい神様だといいます。
なだらかな稜線の山々を眺めていると、その言い伝えがすんなりと理解できるのでした。

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絶景に見とれること約30分。
日没までにこの日の宿泊場所までたどり着かねばならないため、断腸の思いで先へ進みました。

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熊野古道は基本的にはきちんと整備されているのですが、台風などの天災によるものか、所々に岩や木の根に覆われた悪路もありました。
このような箇所ではなかなか思うように進めないため、時間ばかりが過ぎてゆきます。
トレッキングシューズを履いていても歩きにくいのですから、草鞋を履いて歩いた古の人々の苦労はいかほどであったでしょう。

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百間ぐらでのんびりしすぎたせいか、少しずつ日が落ちてきているのがわかり、焦りが出てきました。
ほとんど走るようにして坂道を下りてゆきます。

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やがてまた整備された道になり、人里が近づいてきたことがわかりました。
あともう少し。
疲労はピークに達していましたが、気力を振り絞って先を急ぎました。

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やっとのことで集落を見つけた時には、日はほとんど沈みかかっており、なんとか間に合った安心感で座り込んでしまいました。

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ここが一日目の宿泊地、小口です。
現在、小雲取越と大雲取越の間に宿泊地はこの小口の集落にしかないため、どれだけきつくてもここまで歩き切らなくてはなりません。
所要時間は請川という集落から4時間30分ほどでした。

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宿泊した小口自然の家では、巨大なイルミネーションが飾られていました。
宿の御主人のお話では、町おこしの一環として行われており、25mのヒマラヤ杉に数千個もの電飾が施されているのだそうです。

さあ、翌日は小雲取越より更に過酷だという、大雲取越が待っています。
いざ熊野那智大社へ!

2014.12.26

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熊野本宮大社(和歌山)・熊野古道を歩く~小雲取越編(1)~ 2015-08-04-Tue

少し前のこととなりますが、昨年の年末、熊野古道を歩いてきました。
しばらくの間、その時の旅行記を書こうと思います。

2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産に指定された熊野古道。
熊野古道とは熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)へと通じる参詣道の総称で、大きく分けて紀伊路、小辺路、中辺路、大辺路、伊勢路と称せられる5つのルートから成っています。
参道沿いには数多の寺社仏閣や史跡が点在しているため、かねてから自分の足で歩いて巡りたいと思い続けていました。

今回私が選んだのは中辺路・小雲取越と大雲取越とよばれる、熊野本宮大社と熊野那智大社を結ぶ、古くからの重要な参拝道です。
熊野巡礼が盛んだった中世の面影を色濃く残していながら、かなり過酷なルートとして知られており、現在は一般の参拝よりもトレッキングコースとして人気があるようです。
どうせ歩くなら、熊野古道を全身で体感したい。
ちょうど昨年の暮れは大型連休だったので、思い切ってチャレンジしてきました。

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熊野は平成の時代においても秘境です。
都内から新宮まで高速バスに10時間ほど揺られ、そこから路線バスに乗り換えて更に1時間。
約半日に及ぶ大移動でした。

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旅の最初に、熊野本宮大社を参拝しました。

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ちょうど暮れということもあり、宮司さんが来年の一字を書くという行事が行われていました。
2015年の一字は「成」
私も熊野那智大社までの参拝が成功しますようにと願いを込めて…。

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さあ、熊野古道歩きスタート!
一日目はここから約15km離れた小口という集落を目指します。

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しばらく行くと巨大な鳥居が見えてきました。
なんと高さ33.9m、横42mもあり、日本最大の大鳥居だそうです。
写真ではわかりにくいのですが、中央には八咫烏が飾られています。
八咫烏は日本神話に登場する神聖な鳥で、神武天皇が東征した際、天照大御神の命により、天皇を熊野国から大和国まで導いたと伝えられています。
その姿は三本足で表され、熊野三山のシンボルとして、古より篤く信仰されてきました。

大鳥居をくぐり、更に奥へと進んでゆくと、広い中州が現れました。
「大斎原」(おおゆのはら)と呼ばれる場所で、熊野川・音無川・岩田川の合流点にあたり、明治期に洪水が起こるまでは、ここに本宮大社の社殿が建てられていたそうです。
こちらは神域のため写真撮影は不可とのこと。
江戸時代まで、参拝に訪れた人々は歩いてこの川を渡り、着物の裾を濡らして身を清めるのがしきたりとされました。

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大斎原で身を清めた後は一般道へ戻り、しばらく川沿いを歩いてゆきます。
熊野川は晴天を映しこんで青色に輝き、ゆるやかな曲線を描きながら山間を流れていました。
この川の源流は大峰山脈の辺りとされており、奈良県を流れる間は天ノ川、十津川と呼ばれていますが、和歌山県に入ったところで熊野川と名前を更に変えて、熊野灘へ注ぎこみます。
熊野詣においては、熊野本宮大社から熊野速玉大社へ船を使っての巡礼が盛んであったことから、熊野川流域が「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産に登録されています。
水上の参詣道として世界遺産に登録されているのは、この熊野川が唯一なのだそうです。

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本宮大社から30分ほど歩き、請川という集落にたどり着きました。
ところが肝心の熊野古道の入口がわかりません。
10分ほど付近をウロウロしていると、親切な地元の方から声をかけていただき、やっとのことで看板を見つけました。

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道の脇には民家が並び、巡礼の道でありながら、今なお生活道路として使われていることを実感します。

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集落を抜けると景色は一変、昔ながらの参拝道が現れました。
さあ、ここから本格的に熊野古道歩きがスタートです。

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