熊野本宮大社(和歌山)・熊野古道を歩く~果無峠越編~(1)

地元の方のご厚意で無事に下山し、関西旅行二日目の夜は十津川温泉の旅館で一泊しました。
翌日は徒歩で熊野古道を一日かけて歩き、和歌山県の熊野本宮大社を参拝する予定でした。
ところが夕ご飯を食べていた時、雷の音が突然鳴り轟いて、激しい雨が降り出したのです。
次第に雨音は小さくなったものの、天気予報を見ると翌日も午後からは雨とのこと。
せっかくここまで来たのに歩けないなんて!
一気に疲労感が押し寄せてきました。
でも出来る限りのことはしたい。
迷いはあったものの、早朝に宿を出発して、昼過ぎには峠を越えて和歌山県側に入る計画を立てました。

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翌日は日の出とともに出発。
昨晩激しく降った雨の影響か、十津川は深緑色に濁り、あちこちに靄がかかっていました。

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橋を渡り、更に歩いて行くと、熊野古道小辺路・果無峠越の入口を見つけました。
まずは最初の目的地である果無集落を目指します。

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少し歩いただけで、がらりと雰囲気は変わり、風情ある杉並木の古道が現れました。
早朝ということもあり、周囲には誰もいません。

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20~30分歩いたところで少し開けた場所に出ました。
眼下には靄に包まれた十津川村の集落が見えます。
素晴らしい景色に心を奪われながらも、出来る限り早く峠越えをしなくてはならないため、泣く泣く先を急ぐことに。

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登山道入り口から1時間ほど歩いたところでしょうか、小高い丘の中腹に民家が見えてきました。
最初の目的地である果無集落です。

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どうやら熊野古道は民家の間を通っているらしく、すぐ横で農作業をしている女性がいらっしゃいました。
周辺には田畑が広がり、緑鮮やかな稲が朝露を受けて輝いています。
現代のような重機もない時代、これだけの丘陵地に農地を切り開いた昔の人の苦労はいかほどであったことでしょう。

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坂を上って後ろを振り返ってみると、かつて見たことがない、不思議な光景がそこには広がっていました。
丘の斜面に張り付くように家が建ち、畑や田んぼが奥へと続いています。
さながら天空に浮かぶ村のようでした。
この果無集落は十津川村でも非常に有名らしく、熊野古道の観光ポスターを撮影する場所にも選ばれたのだとか。
さすがの絶景です。
ここからはひたすら峠を登って行くため、民家も公道もなく、何があろうとも絶対に峠を下りるまで突き進まねばなりません。
気合いを入れなおして前へと進みます。

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道はいよいよ急こう配になってきました。
峠を越え、和歌山県側を目指します。

(つづく)
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玉置神社(奈良)・熊野三山の奥の宮(2)

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登り始めてしばらくは比較的整備された登山道が続いていましたが、次第に道はより狭く、険しくなっていきました。

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うわーっ!どうしよう!!
夥しい数の大木が倒れ、登山道を完全にふさいでいました。
ニュースでも大々的に取り上げられていた、十津川地区の集中豪雨が原因と思われます。
やはり引き返すしかないのだろうか。
不安な気持ちが押し寄せてきました。
とはいえ、かれこれ登山道入口から40~50分は歩いているため、戻るにしてもかなりの労力が必要です。
…行くしかないでしょう!!
(※非常に危険なので山登りに慣れている方以外には絶対におススメしません)

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意を決して、大木を一本一本よじ登り、時には隙間をくぐりながら進んでいくものの、越えても越えても倒木は続きます。
暑さと道のりの厳しさで全身から汗が吹き出し、数十メートル進んでは座りこんでしまいました。
でも今更引き返すわけには絶対にいきません。
前進あるのみなのです。
進んでは休み、進んでは休みを幾度も繰り返して…

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鳥居だーーーっ!!!
登り始めてから3時間ほど歩いたところで、ついに玉置神社へと辿りつきました。

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想像以上に時間がかかり、辿り着いた時は既に夕方。
なんとか本殿を参拝しようと、急いで石段を駆け下ります。
これがなかなか距離があり、気ばかり焦ってしまい、思うように前へ進めません。

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10分ほど走っていくと、ついに本殿が現れました。
寛政6年(1794年)に再建された本殿は、堅固な石垣の上に建てられ、非常に風格があります。
玉置神社の創建について詳しい記録は残っていませんが、古くから熊野・大峰修験の行場として知られており、特に江戸期以降は熊野三山の奥の院と称せられ信仰を集めてきたそうです。

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なにはともあれ、無事に辿りついて一安心。
あまりにハードなので帰りはタクシーを呼ぼうと駐車場付近でうろうろしていたところ、なんと親切なお土産屋のご主人が麓まで車で送ってくださることになりました。
「まさか登山道を歩いてきたの?時々そういう人がいるけど、さぞ大変だっただろうね」
向こう見ずな私に呆れながらも、また参拝しに来てね、と優しいお言葉をかけてくださいました。
15分ほどの車中での会話で玉置山や十津川村のお話を聞かせていただいたことも、素晴らしい思い出となっています。
旅先での思いがけないご親切に、改めて心より御礼申し上げます。

2015.8.7

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玉置神社(奈良)・熊野三山の奥の宮(1)

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栄山寺参拝の後は、再び五条駅に戻り、そこから新宮駅行きのバスに乗り込みました。
実はこのバス、日本一長い路線バスとして知られているのです。
奈良県の八木駅と和歌山県の新宮駅を結び、最初から最後まで乗った場合は、なんと所要時間が約6時間30分もかかるのだとか。
まず私は途中の五条駅から十津川村まで、約3時間にわたる路線バスの旅へと出発しました。

五条駅を出発し、車窓から町並みを眺めていると、バスは次第に細くなっていく山道をうねうねと蛇行し始めました。
乗客の大半は観光客ですが、路線バスだけあって、買い物袋を持った地元の方もちらほらいらっしゃいます。
「あなた、どこへ行くの?」
「十津川村まで。そこから熊野本宮大社まで歩きます」
隣に座るご婦人とのんびり会話を楽しんでいると、十津川村へ入ったところで、30分休憩というアナウンスが流れました。
…30分の休憩?
どうやらこの近くに「谷瀬のつり橋」という、日本一長いつり橋があるとのこと。

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わわわっ!!!
まさに日本一という称号に相応しい、長い長いつり橋です。

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せっかくなので私も歩いて渡ることに。
……これが想像以上に怖い!!
つり橋の周囲は金網でしっかり守られているのですが、歩くたびに底板がギシギシときしみ、恐怖心がこみ上げてきます。
それでも吊り橋から見える十津川村の景色は素晴らしいものでした。

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バスに戻って更に数十分ほど乗り、折立というバス停で下車。
ここから次の目的地である玉置神社まで徒歩で向かいます。

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公道からしばらく歩いていくと、玉置山の登山道入り口が見えてきました。
いざ玉置神社へ!
気合いを入れて、草に覆われた入口へと足を踏み入れます。
しかしこの後、かつてないほど壮絶な参拝道が私を待ち受けていたのでした…。

(つづく)

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栄山寺(奈良)・国宝 八角堂

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関西旅行の二日目は、奈良県の五條市からスタートです。
早朝の電車を乗り継ぎ、JR五条駅へ。
そこから徒歩で栄山寺に向かいました。

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駅周辺の商店街を抜け、さらに歩いてゆくと、豊かな田園地帯が見えてきました。
真夏の日差しを受けて、田んぼの稲が鮮やかな緑色に輝いています。

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やがてエメラルドグリーンをした美しい川が現れました。
奈良県から和歌山県へと流れる一級河川で、河川法上の名称は「紀の川」ですが、奈良県南部ではこのあたりの地名にちなんで吉野川と呼ばれています。

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栄山寺はその吉野川のほとりに建つ、真言宗の古刹です。
奈良時代に藤原武智麻呂によって創建されたと伝えられており、藤原南家の菩提寺として大いに栄えました。

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こちらは国宝の梵鐘です。
青銅製で、高さ157.4cm、口径は89cmもあります。
4面に菅原道真の撰、小野道風の書と伝えられる銘文があり、京都神護寺、宇治平等院の鐘とともに日本三名鐘の一つとされているのだとか。

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そして栄山寺で特に有名なのが、こちらの八角堂。
藤原仲麻呂が父母の供養を願って天平宝字年間に建立しました。
天平時代を代表する貴重な建築物として、国宝に指定されています。
残念ながらこの時は中を見ることはできませんでしたが、壁面には飛天などの美しい彩色画が描かれているそうです。

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参拝を終え、再び徒歩で五条駅へ。
この後は五条駅から日本一長い路線バスに乗って、奈良県の奥深くに位置する十津川村を目指します。

2015.8.7

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大林寺(大阪)・平安期の十一面観音

大阪のお寺巡りの最後に、松原市の大林寺を参拝しました。

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お寺までは近鉄の布忍(ぬのせ)駅から徒歩で5分ほど。
川沿いに歩いてゆくと、立派な山門が見えてきます。

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門の横には小さなお地蔵様たちがいらっしゃいました。
皆さん綺麗な胸当てをなさっていて、今も大切に守られていることがよく分かります。

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大林寺には平安期の十一面観音立像が伝えられていると聞き、事前にお願いをして拝観させていただきました。

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中にいらっしゃったのは、ほっそりして可憐な観音様でした。

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像高171.5cmで桧の一木造。
全体的に古様な表現が見られるものの、穏やかな面相、浅い彫りなどから、平安後期の作と推定されています。
もともとは明治6年(1873年)に廃寺となった永興寺(布忍寺)の本尊であったそうです。

想像していた以上の美仏にお会いできた喜びはもちろんのこと、お寺の方にはとても親切にしていただき、素晴らしい参拝となりました。
改めて心より御礼申し上げます。

2015.8.6

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専念寺(大阪)・三体の平安仏

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高槻市駅から阪急に乗って上新庄駅へ。
大阪市東淀川区の専念寺を参拝しました。

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境内の一画には大きな幼稚園が併設されており、あちこちから子供たちの楽しそうな声が聞こえてきます。

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まず案内していただいたのが本堂の脇にある建物で、中には立派なお厨子がずらりと並んでいました。

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向かって左は、智拳印を結ぶ大日如来坐像です。
一木造で12世紀頃の作と推定されています。
体の所々に漆箔が残っており、かつては全身が金色に輝いていたことがわかります。

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そしてその右側には十一面観音立像。
やはり一木造の堂々としたお姿です。
平安前期の仏像に特徴的な翻波の衣文が見られるものの、彫りはやや浅いことから、造像は大日如来坐像より少し古い、11世紀頃の作と推定されています。

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さらに本堂へと入ると、正面に本尊である阿弥陀如来坐像が安置されていました。
こちらも一木造で、体躯の表現などから、11世紀頃の作と推定されています。
これまで大阪市内のお寺はほとんど参拝したことがなかったのですが、これほどまでに優れた仏像が、しかも三体も伝えられていることに、驚きと深い感動を覚えました。

2015.8.6

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