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仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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妙義神社(群馬)・山岳信仰の聖地

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赤城山、榛名山と共に、上毛三山のひとつに数えられる妙義山。
不思議な形状の岩が点在していることから日本三大奇景のひとつとしても知られ、国の名勝に指定されています。

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妙義神社はその妙義山の麓に位置する古社で、創建は宣化天皇2年(537年)と伝えられており、山岳信仰の聖地として篤い信仰を集めてきました。

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鳥居をくぐると、まるで妙義山の懐に入っていくように、長くて急な石段が続きます。
ちょうど紅葉の時期だけあって、境内は沢山の参拝者や登山者で賑わっていました。

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やがて朱色の門が見えてきました。

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中にいらっしゃったのは、真っ赤な仁王様たちでした。
おそらくかつての神仏習合の名残りなのでしょう。

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奥へ進むにしたがって石段はより急勾配になり、想像以上のきつさに息が上がりました。

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やっとのことで階段を上りきったところには、極彩色の壮麗な社殿が建っていました。

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こちらは18世紀に建てられた本殿で、国の重要文化財に指定されています。

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随所に精緻な彫刻が施されており、まるで日光東照宮の社殿のようです。
これらの建物は江戸から招かれた大工や彫物師によって、当時最高峰の技術の粋を集めて造立され、宝暦六年(1756)に完成しました。

2017.11.5

大悲山の石仏(福島)・平安期の磨崖仏群(2)

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薬師堂から数分歩いたところに、阿弥陀堂と呼ばれる小さなお堂が建っています。

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中を覗いてみると、苔むした岸壁に仏像が彫りこまれた跡がかすかに確認できました。
おそらく阿弥陀仏が彫られているのでしょうが、はっきりとした像容はわかりません。

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観音堂石仏は、そこから更に車で数分行ったところにあります。

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東日本大震災でかつての覆屋が倒壊してしまったため、新たに立派な建物が建てられていました。

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想像をはるかに上回る迫力に思わず声をあげそうになりました。
近づくと自動的に点灯する仕組みになっており、薄暗い岸壁から巨大な像が浮かび上がったのです。
肩より下の部分は浸食が激しいものの、いくつもの手が放射線状に並んでいるため、千手観音像であることがわかります。
像高は約9mで、平安期の作。
頭上に化仏を捧げ持つ姿が、京都・清水寺の本尊である千手観音像と共通することから、「清水型」と呼ばれているそうです。

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観音像の両脇にはずらりと御仏たちが刻まれており、朱色の彩色が残っていました。

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柵に貼ってあった、造像当時の想像図です。
珍しい坐像の千手観音像の周りを、沢山の化仏が囲んでいたことがわかります。
石仏群のある場所は大悲山と呼ばれているため(※ 大悲は観世音菩薩の別名)、おそらくこの観音様がお寺の御本尊だったのでしょう。

2019.10.8

大悲山の石仏(福島)・平安期の磨崖仏群(1)

先日、以前から気になっていた南相馬市の大悲山石仏を拝観してきました。

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安達太良山方面から南相馬市へレンタカーで向かっていると、パトカーと頻繁にすれ違うようになりました。
道路脇の至るところに「帰宅困難地域につき通行止め」と書かれた看板が立っています。
おそらく原発事故の影響なのでしょう。
あたりに人の気配は全くありません。
スーパーや本屋、飲食店等、ほとんどの店が閉まっており、街は奇妙な静けさに包まれていました。

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長い間大切に守られてきた田んぼには雑草が生い茂り、その光景を眺めていると胸が締め付けられました。

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大悲山の石仏は、大悲山大蛇物語公園のすぐ近くに位置しています。
この不思議な公園の名前は、大悲山薬師堂に伝わる琵琶法師と大蛇の昔話にちなんでいるそうです。

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琵琶法師がこもって琵琶をひいていたという薬師堂がこちら。

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中に入ると、ガラス戸の奥に数体の磨崖仏が並んでいるのが見えました。
どうやら建物は磨崖仏のある岸壁に張り付くようにして建てられているようです。

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間口15m、高さが5.5mある凝灰質砂岩の岸壁に、4体の如来像と2体の菩薩像が彫られていますが、摩耗が激しいため、正確な尊名はわかりません。
平安前期の作と推定されており、東日本で最も古い磨崖仏の一つです。

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如来像の像高はおそらく2m前後で、むっちりとした体躯が岸壁から盛り上がっています。
よく見ると周囲に光背や飛天が線刻で彫られており、その繊細さに驚きました。

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これだけの磨崖仏群が彫られているということは、相当な大寺院があったのでしょう。
誰がいつ、どのような理由で造ったのかなど、詳しい歴史的背景はわかっていないようです。

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私の貧弱なカメラでは、その素晴らしさを到底伝えることができず残念です。
所々に彩色のあとらしきものが確認できるため、かつて磨崖仏は美しい極彩色に輝き、さぞ煌びやかであったに違いありません。

2017.10.8

浅草観音寺(北海道)・平安期の聖観音

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宗圓寺参拝の後は、車で数分のところにある浅草観音寺へ。

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こちらのお寺には平安期の聖観音像が伝えられているため、事前にお願いをして拝観させていただきました。

b_butu.jpg (⇒小樽市HPより)

像高はおそらく40~50cmほどでしょうか。
平安中期の作で、サクラ材の一木造。
明治二十年代後半に京都の有門院から招来され、道内で最も古い仏像の一つと考えられています。
こぶりな目鼻立ちが可愛らしく、穏やかな雰囲気を漂わせた観音様です。

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拝観の後は、小樽の街を歩いて散策することに。

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古くから港町として栄えた小樽には、明治後期から昭和初期の建物が残っており、その多くがレストランや商業施設として再利用されています。

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こちらはあの有名チェーン店、びっくりドンキー。
ずいぶんお洒落な建物に入っていますね。

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せっかく小樽に来たので、港のすぐそばにある食事処でウニいくら丼を食べました。

2017.9.19

宗圓寺(北海道)・港町の五百羅漢像

頭大仏を拝観した後は、レンタカーで小樽へ。

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小樽は古くから港町として栄えてきた街で、明治後期から昭和初期にかけての歴史的建造物が多く残っていることから、近年では観光地としての人気も集めています。

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こちらは小樽駅から車で数分のところにある宗圓寺。
寛永7年(1630)、松前藩主7代公廣の追善供養のために創建されました。
かつてお寺は松前藩の城下町・福山にありましたが、明治42年(1909)に現在地へと移されたそうです。

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そしてこの宗圓寺で特に有名なのが、こちらの五百羅漢像です。(⇒文化財オンラインHPより)

堂内にびっしりと尊像が隙間なく並んでいる様子は、まさに圧巻の一言に尽きます。
松前藩14代藩主である章廣が南部藩主に依頼し、文政8年(1825)に盛岡から招来しました。
京都美術院国宝修理所の調査により、室町~桃山時代の作が11体、江戸中期が236体、江戸末期が268体という結果が出ているそうです。
これだけ古い時代の五百羅漢像が実際に五百体以上残されている例は、全国的にも非常に珍しいのではないでしょうか。

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お寺の石段には可愛らしい小坊主さんが居眠りしていました。

2017.9.19
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