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仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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真駒内滝野霊園(北海道)・壮大な仏ワールド(2)

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モアイ像と道を隔てた反対側に小高い丘があり、ぽこんと小さな突起が見えました。
もしかして、あれがお目当ての大仏様…?

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慌てて正面に回り込むと、狛犬(?)に似た獅子の像が左右に3体ずつ並んでいました。

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がるるるるる!!!
獅子が何かを口に咥えていますが、小さな獅子を運んでいるようにも、獲物を食べているようにも見え、判断つきかねます。
このような像を初めて見ましたが、何か意味があるのでしょうか。

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動揺しながら大仏殿へと進むと、ラベンダー管理料(だったかな)という名目で料金を入れる箱があったため、お金を入れて中に入りました。
丘一面に広がるボコボコとした突起は、どうやらラベンダーの苗のようです。

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正面のタイル上には水が張っていたため、昨日から降り続いた雨のせいかと思い、恐る恐る進んだところ、ずぶずぶと水に足が入り込んでいきました。

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「わーーーっ!」
ずぶ濡れになった靴を水中から引っこ抜き、慌てて後ずさり。
どうやらこの水は結界の役割をはたしており、参拝者は迂回して脇を進むようになっているようです。
勘違いして水の中を進もうとしたバカな人間は私だけでしょうか…(汗)

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なんて変わった大仏殿なのだろうと驚いていたところ、壁に設計者の説明が貼ってあり、そこにはあの有名な建築家・安藤忠雄の名前が記されていました。
まさか大仏殿まで設計しているだなんて。
その活動範囲の広さに圧倒されます。

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そしてこちらが頭大仏様。
頭大仏という不思議な名前は、大仏殿から頭だけがぽっこり出ていることから名づけられたそうです。
驚くべきは、この大仏様が像高13.5mもありながら、すべて石で出来ているということ。
その総重量は1,500tに達するのだとか。
最初は阿弥陀様かと思っていたのですが、よく見ると印相が一風変わっています。
宗派を限定しないようにするためなのでしょうか。

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下から見上げると、頭上に丸い穴がぽっかりとあいていました。
きっと晴天の日には、美しい青空が光背のように大仏様を照らすことでしょう。

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2017.9.19
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真駒内滝野霊園(北海道)・壮大な仏ワールド(1)

去年の9月、北海道を旅してきました。

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早朝に羽田空港発の飛行機に乗り、新千歳空港へ。
そこからレンタカーを借り、札幌市方面へと向かいました。
まず最初に訪れたのは真駒内滝野霊園です。
巨大仏や石のモニュメントがあるという噂をネットでちょくちょく見かけ、以前からとても気になっていました。

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滝野霊園は札幌市南区にある霊園で、公益社団法人ふる里公苑という団体によって運営されており、宗派に関係なく墓地を購入することができるそうです。
第一印象は、とにかく広い!
霊園のHPによると、その広さは1,800,473㎡もあり、なんと札幌ドーム約32個分の敷地面積なのだそうです。

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霊園内の道案内を頼りに、まずは礼拝堂へ。
建物に近づくにつれ、読経の声が聞こえてきました。

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中央の仏像までは少し距離があり、正確な尊名はわかりませんでしたが、おそらく如来像でしょうか。
堂内には私以外に誰もいません。
どうやら読経の声は録音されたものを再生していたようです。

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おや?
敷地内の芝生に可愛らしい七人の小人が…?
近寄ってみたところ、なんと小さな布袋様たちでした(笑)

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その近くには何故かモアイ像のベンチあったため、座ってひと休みすることに。

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しばらく休んでから、お目当ての巨大仏を探して歩き始めましたが、どこにいらっしゃるのかさっぱり見当がつきません。
するとふと貼り紙がしてあるのに気がつきました。
どうやらバスが運行されているほど敷地は広大で、歩いて行くには相当な時間がかかるようです。
そこで再びレンタカーに乗りこんで、敷地内をぐるぐると回って探していたところ…

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青空の下に巨大なモアイ像がっ!

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反対側にも!!

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モアイ像の横にはマニ車があり、神仏混淆というか、何というか、適切な表現が思い浮かびませんが、とにかく既成の固定観念を打ち壊すようなカオスっぷりです。

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石碑には三十三モアイ地蔵完成記念碑と彫ってありました。
この石像はモアイ地蔵なるお地蔵様とのこと。
霊園HPによると…
「モアイの『モ』には未来、『アイ』には生きるという意味があり、皆様の生きた証を後世へ永遠に伝承できるように建てられました。大きいものは高さ9.5m重さ120t。その他は高さ6.5m重さ60t。正面入口にはモアイ像がならび墓参の皆様を迎えます。」
なんだかよくわからないけど、凄いスケールです。

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モアイ像から少し離れた場所には、何故かストーンヘンジがありました。
世界の七不思議を徒歩で体感できるだんて、なんて贅沢なのでしょう。
ハイテンションでカメラのシャッターを切り続けました。
こちらも霊園HPによると…
「世界遺産であり、神官の神殿や古代の天文台、また、豪族の墳墓として使用されていたといわれがあるストーンヘンジ。大地・自然・空に接する神聖な場所に生きた証を残し、後世の人々へ未来の希望を与えられるように真駒内滝野霊園のストーンヘンジには永代供養墓が併設されております。」

この時点でその途方もないスケールにノックアウト寸前でしたが、まだ一番の目的である大仏様にお会いしていません。
期待に胸が高鳴ります。
(続)

慈眼院(群馬)・高崎白衣大観音

以前から気になっていた、高崎市の高崎観音を参拝してきました。

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高崎駅から車で約15分、観音山と呼ばれる小高い丘を登っていくと…

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おおお!!!
木々の向こうに、大きな大きな観音様がいらっしゃるではありませんか。

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事前にある程度の情報はあったものの、やはり目の前で拝すると、その堂々たる姿に圧倒されます。
鉄筋コンクリート製で、なんと像高41.8m、重さは5985tもあるそうです。

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観音像がある慈眼院は、もともと高野山金剛峯寺の塔頭のひとつでしたが、昭和16年(1941年)に現在地へと移転しました。
創建は鎌倉期まで遡り、執権・北条義時の三男である相州極楽寺入道重時が建立したと伝えられてます。

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この観音様は、昭和11(1936)年に高崎の実業家・井上保三郎によって建立され、造像当時は世界最大の観音像だったそうです。
近寄ってみると、装飾具などがとても細かく造られており、端正なお顔立ちをなさっていることがわかります。
原型は伊勢崎市出身の彫刻家・森村酉三によって造られたそうです。
驚くべきは、この観音様は昭和期に造られたコンクリート製でありながら、国の登録有形文化財に指定されているということ。
おそらくこのようなコンクリ像は全国的にも珍しいのではないでしょうか。
正直、意外なほど参拝者が沢山いました。

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観音像の内部は胎内巡りができるようになっています。
せっかくなので階段を上ってみることに。

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観音像内には146段の階段が9層に分かれて並んでおり、そこに20体の仏像が安置されているそうです。

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階段を上りきると、丸窓から周辺の景色を見ることができました。

2017.6.24

石光寺(奈良)・日本最古の石仏

葛城市にある石光寺の特別公開を拝観してきました。



近鉄南大阪線の二上神社口駅で下車し、お寺の方角へと歩いていると、正面に二上山が見えてきました。
雄岳(517m)と雌岳(474m)の2つの山頂からなる双耳峰で、古より神聖な山として人々から信仰されてきたそうです。

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その二上山のふもと、のどかな田園地帯に囲まれた一画にある古刹が石光寺です。
天智天皇の勅願により、 役小角が創建したと伝えられています。

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訪れたのがゴールデンウィーク前半だったため、境内は多くの参拝者で賑わっていましたが、残念ながら日本最古級の石仏が特別公開されているお堂にはほとんど人がいませんでした。

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こちらがその石仏で、損傷が激しく、はっきりとした像容はわかりませんが、お寺では弥勒仏と呼ばれています。
1991年(平成3年)に行われた弥勒堂改築に伴う発掘調査の際に発見されたそうです。
石光寺の名が示す通り、この仏様は創建当初の本尊であったと考えられています。
組み立てると像高は2mにもなるそうなので、飛鳥時代では最大級の石仏だったに違いありません。

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関西花の寺二十五霊場20番札所となっているだけあって、境内には美しい花々が沢山咲いていました。
なかでも牡丹はちょうど見頃を迎えており、華やかな雰囲気に境内が明るくなるようでした。

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2017.4.29
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松尾大社(京都)・平安期の神像

愛宕山を下山し、路線バスで嵐山駅へ。

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バスを降り、阪急嵐山駅へ歩いて向かっていると、桂川の河川敷が沢山の人で賑わっていました。
何かイベントでもあるのだろうかと近寄ってみたところ、そういうわけでもなく、どうやら修学旅行の学生たちが大半のようです。
嵐山が京都屈指の観光スポットであることがよくわかります。

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電車に乗って松尾大社駅で下車し、改札を出ると、すぐそばに大きな朱色の鳥居が建っていました。

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松尾大社の創建は大宝元年(701年)に遡り、文武天皇の勅命を賜わった秦忌寸都理が、この地に社殿を建立したのが始まりとされています。
ただしそれ以前から、この付近に住む人々が松尾山の山霊を頂付近の磐座に祀り、守護神として崇めていたと考えられているそうです。

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この松尾大社の神像館には、貴重な平安時代の神像群が安置されています。

老年 
(⇒松尾大社HPより)
こちらは老年像と呼ばれ、松尾大社の御祭神である大山咋神を表した像とされています。


壮年
(⇒松尾大社HPより)
そしてこちらが壮年像。
大山咋神の御子のお姿とされており、壮年像と比べると肌が張り、全体的に若々しい印象を受けます。


女神
(⇒松尾大社HPより)
向かって一番右に安置されているのが女神像で、市杵島姫命とされています。
この女神は福岡県の宗像大社に祀られる三女神の一神で、航海の安全を祈って松尾大社へ勧請されたと伝えられているそうです。

三体の神像はほぼ等身大で、いずれも平安初期の作と推定されています。

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訪れた時、ちょうど山吹が盛りを迎えており、境内は鮮やかな黄色の花に彩られていました。

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2017.4.28
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