仏像ファン的古寺巡礼

仏像への愛を書き綴った、仏像ブログです。

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明星輪寺(岐阜)・藤原期の地蔵菩薩

愛知・岐阜のお寺巡り、最後に参拝したのは大垣市の明星輪寺です。

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お寺のある金生山をレンタカーで登っていくと、意外なほど沢山の人たちとすれ違いました。
みなさん、リュックサックを背負って元気よく歩いています。
標高217 mの金生山は、どうやら気軽に登れる登山スポットとして人気があるようです。

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明星輪寺はその金生山の山頂に位置する古刹で、持統天皇の勅願によって役小角が創建したと伝えられています。
本堂の内陣に入ってビックリ!
お堂は剥き出しの岸壁を覆うようにして建てられており、その岸壁のくぼみに、小さな祠が置かれていたのです。
明星輪寺は明治期までは神仏習合のお寺だったそうなので、巨岩が神聖な存在として崇められていたのかもしれません。

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こちらはお寺に伝わる藤原期のお地蔵様で、現在は立派な収蔵庫に安置されています。
像高85cmで檜の寄木造。
柔和な顔立ち、衣文の表現などに藤原仏らしい特色がよく出ており、国の重要文化財に指定されています。

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このお地蔵様はお腹に腹帯をしておられることから、安産祈願にご利益がある仏様として篤い信仰を集めているそうです。

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明星輪寺は境内に奇岩があることでも有名で、本堂の脇は岩石園になっています。

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参拝者が岩の間を歩いて巡るように作られており、不思議な形をした岩の所々に仏像や動物が彫られていました。

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人一人が這ってやっと通れる穴もあり、まさにアスレチックさながらのハードさです。

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狭い岩の間を潜り抜け、少し開けた場所に出ると、眼下には濃尾平野が広がっていました。

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こちらは境内にあった看板。
なんだか、ほっこり気分になりますね。

2017.3.8
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養老寺(岐阜)・平安期の千手観音

美濃国分寺を参拝した後は、養老町にある養老寺へ。

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カーナビでお寺を検索したところ、案内されたのは養老公園という広大な公園でした。
不思議に思って辺りをぐるぐる回りますが、お寺の正確な場所がわかりません。
やっとのことで駐車場の方に道をうかがったところ、なんとお寺は公園の敷地内にあったのです。

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寺伝によると養老寺は奈良時代に創建された古刹で、かつては七堂伽藍が建ち並ぶ大寺でしたが、永禄年間に織田信長の兵火によって焼失、江戸期に入り高須藩主によって再興されました。

001mokuzojuichimen.jpg (⇒養老町HPより)

こちらがご本尊の千手観音立像。
寄木造で、平安後期から鎌倉初期の作と推定されています。
像高92cmと比較的小さな像ですが、体躯のバランスがよく、非常に洗練された像容です。
この観音様は織田信長の兵火に遭った際、滝谷の奥に隠されて難を逃れたと伝えられており、不老長寿にご利益のある仏様として、現在まで篤い信仰を集めているそうです。

2017.3.8
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美濃国分寺(岐阜)・平安期の薬師如来

正法寺を参拝した後は、大垣市の美濃国分寺へ。

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741年(天平13年)に聖武天皇が発した詔により、各律令国には一か寺ずつ国分寺と国分尼寺が建立されました。
美濃国分寺もそのうちの一つで、薬師如来を本尊とし、かつては広大な境内に七堂伽藍が建ち並ぶ大寺院でしたが、度重なる火災に遭い、堂宇はことごとく焼失してしまったそうです。
ところが元和元年(1615年)、真教上人が土中に巨大な薬師如来を発見。
上人は現在お堂がある場所に尊像を安置し、お寺の再興を果たしたのでした。

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こちらがその土の中から発見されたと伝わるお薬師様。
像高304.8cmで平安期の作。
驚くべきは、これだけの大きさにも関わらず欅の一木から造られているということです。

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涼しげな眼差し、しっかりと結ばれた分厚い唇など、男性的な力強さを感じさせます。
この薬師様は土の中に埋まっていた時に、背中のくぼみが地面に出ており、そこに水を溜めて馬の足を洗っていたという言い伝えがあることから、別名「馬だらい薬師」とも呼ばれているそうです。

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薬師様が安置されているお堂は少し階段を上ったところにあり、後ろを振り向くと周辺の景色が一望できました。
瓦屋根のお堂の向こうには、奈良時代の国分寺の遺構も見えます。

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美濃国分寺跡は現在、国の史跡に指定されており、公園として整備されています。
東西約230m、南北約205mもあり、そこに金堂や塔が建ち並んでいたそうです。

2017.3.8
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正法寺(岐阜)・日本最大の乾漆仏

一宮市の禅林寺を参拝した後は、岐阜市の正法寺へ。

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正法寺は1638年(天和3年)に広音和尚によって創建された古刹で、1692年(元禄5年)に黄檗宗へと改宗されました。
こちらのお寺で特に有名なのが、岐阜大仏と呼ばれるお釈迦様。
かねてよりずっと参拝したいと思い続けていたので、期待で胸が高まります。

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どーーーん!!!
ある程度まで予備知識はあったものの、実際に尊像を目の当たりしてその迫力にビックリ。
像高はなんと13.7m、耳の長さだけでも2.1mあります。
38年もの歳月を費やして天保3年(1832年)に完成しました。
乾漆仏としては日本最大なのだそうです。

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そして面白いのは、この仏様が紙を貼り付けて造られているということ。
骨格を木材で組み、竹材と粘土を使って仏像を形成、そこに写経した美濃和紙を貼りつけて、漆と金で仕上げているのだそうです。
そのため、別名「籠大仏(かごだいぶつ)」と呼ばれて親しまれているのだとか。

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まずはその大きさに圧倒されますが、じっくりお姿を拝していると、その目鼻立ちのくっきりした優しいお顔に癒されます。

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お釈迦様の周囲には個性的な羅漢像がずらりと安置されており、堂内はとても賑やかでした。

2017.3.8
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禅林寺(愛知)・藤原期の薬師如来

先日、久しぶりに東海地方のお寺巡りをしてきました。

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まず最初に参拝したのは、一宮市にある禅林寺です。
天禄元年(970年)に創建された古刹で、藤原実頼の追悼のために薬師如来を勧進し、小野院極楽寺と号したのが始まりと伝えられています。
その後、大永5年(1525年)に曹洞宗へと改宗、天保5年(1648年)に寺名を仙境山禅林寺と改めました。

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そしてこちらがお寺に伝わる薬師如来様。
像高129cm、檜の寄木造。
平安後期の作と推定されています。
膝裏上にある銘文に、明応6年(1497年)に修理されたという記述があるため、少なくともそれ以前の作であることは間違いありません。

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藤原仏らしい柔和なお顔立ち、流麗な衣文など、非常に洗練された像容であることから、中央仏師の作である可能性が高いと思われます。

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薬師如来様の脇には日光・月光菩薩、さらにその両側には十二神将が安置されていました。
こちらはおそらくご本尊より後の時代の作ですが、ずらりと堂内に並び立つ様子はとても煌びやかでした。

2017.3.8

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